ブロンディール計画
そこから私以外は、慌ただしく色々な準備に追われている様だった。
私は嫁入り準備としてバルバドスの情勢もキュプラ国内で習得済だったので、王妃教育も今出来る事は現時点で何もなく、ただ毎日をのんびり過ごしている。
それに王族専門医の先生には、身体がこの地に慣れるまでのんびりして欲しいと言われているのもある。
このおじいちゃん先生が、たいへん優しくてたいへん怖いのだ。言う事を聞くしかない気持ちにさせられる。
今日もニコニコとした顔で、大きな体を小さく丸めて診察用の椅子に座っている。
「よいですかな、姫様。身体が慣れるというのは……その土地の気候に慣れるという事。すなわち、その土地の気温や湿度、風向きなどに身体が適応する事ですな。これは何かしたらすぐに慣れる訳ではないので時間が必要じゃ。また、その土地の食材や料理法、食習慣などに身体が適応するのも慣れるうちに入るじゃろうから、とにかく最低一ヶ月くらいか人によっては、そうじゃなぁ……半年や一年は体調に気を付けてくだされ。のんびりと身体が慣れるのを待つのです」
優しいのに有無を言わせない貫禄があって「はい」と言わされる。
そのまま診察を軽く受けてから、やっと解放された。
その後はのんびり王城内を散歩したり、庭や花瓶に花を咲かせて歩いたりして過ごしている。
廊下にあった大きな花瓶に、新しい花を目一杯咲かせて生けておけば、通りすがりのメイドさんたちに「姫様〜ありがとうございます」と声をかけて貰えた。
キュプラではあり得ない、こんな些細なやり取りすら楽しい。
バルバドスで花は珍しく、また高級なので城中が花で明るくなって嬉しいと好評だ。
それを聞いてから、お城で働く人達や騎士さん達は仕事終わりに、自由に花を持ち帰っていいとした。私の感覚でいう福利厚生ね。そうしたら、家族からも好評とのことだ。
特に騎士の奥様方から「主人が花束をプレゼントしてくれた」「無骨な主人がピンクの花束を……」「私の好きな黄色の花を選んでくれた」などと喜ばれているらしい。
おかげで来年は出産率が上がるわと言われた……うん。家庭円満ね。
そんな数日を過ごし、いよいよ現地へ向かう事となった。
到着したブロンディールの町は、ここ数年ヘルハウンドという火を纏う犬型の魔獣に悩まされる土地だという。
ゴールドに乗せて貰いたどり着いたその土地は、一面の焼け野原と言っても過言では無さそうだった。
春の始りに、多少の緑がまばらに生えているのが痛々しい景色だった。
その土地を言葉も無く眺めていると、レナから降りて来たトラビス様が説明してくれた。
「最初のヘルハウンドの群れに襲われたのは、五年以上前になりますか……突然の大量発生に、急いでアレックス様率いる我が隊が討伐に向かいました。幸い初動が早く、軍神と呼ばれる殿下のおかげですぐに鎮圧しましたが、一年後にもまたヘルハウンドが増え始めました」
「何か原因があるのだろうが……いまだにヘルハウンドが増える原因は不明のままだ。俺もトラビスも定期的に訪れているが、増えたり減ったり変わらずだな」
「そうですね。そのため定期的に討伐する為の常駐軍を配置し、残った村を護る結界が張られているんです。ただ、今回はそれが逆に生かせて良かったと思います」
「そうだな。結界師も軍も元からここには配備されているから、フローラを護る条件が揃っている。それに……追い詰められていた民の希望になる」
トラビス様と話すアレックス様の横顔は、民を想う王の顔だった。私も役に立ちたいと、強く思う。
翌日は朝から耕作地に向かい、結界の範疇や畑の広さなど一通り確認した。耕作地予定地は既に土魔法の使い手の方達がある程度まで耕したり、整地がなされていた。
とりあえず初日の今日はどの程度まで麦の花を咲かせられるのかわからないので、少しずつ様子を見ながら行うようにアレックス様と約束してきた。
「とりあえず、この一画だけにしてみよう」
そう言ってアレックス様が土を持ち上げ、トラビス様が種麦を器用に蒔いた。そうしてアレックス様が種の上に、均等に土を戻して埋めていく。うーん。二人とも恐ろしく器用だ。いや、緻密な魔力操作って事だろう。うん、農耕機いらず。あ、感心している場合じゃなかった。
「それでは……ここの一画からいきます」
私は土に手を乗せて、大きく深呼吸を繰り返す。
土とその下にある種麦を意識すると、種とチャンネルが合う。
うん。大丈夫。
麦は寒さに強く美味しい麦をイメージして、グッと力を込める。
するとニョキニョキと発芽して、あっという間に花が咲く。その一面は青々とした穂先に、白い小さな花の咲く麦畑となった。
真横でアレックス様が小さく感嘆の息をこぼす。
少し離れた所に、この地域の担当になった魔術師と軍の騎士数名がざわついている。私の力を見るのが、初めての人もいるからね。驚くよね。
でも初回にしては、思ったよりも力を使用した感覚がない。やはり種麦を使用しているおかげかもしれない。
「アレックス様、後数回は余裕で大丈夫そうです」
「そうか。時間に余裕もあるから、無理せずのんびりとやって行こう……というか、無理しないで欲しい。ブロンディールに来てまだ一日だからな」
「わかりました。少し、余力のある内に今日は止める様にしますね」
そうして、数回同じ様に繰り返しギフトを使った所で、アレックス様から終了を告げられた。
「フローラ、もしかしたらまだ余力があるかもしれないが、今日はここで終了しよう」
確かに、少し疲労感が出て来ていた。立ち上がろうとすると、足がおぼつかない。アレックス様が、さっと手を添え支えてくれる。
「ありがとう。疲れただろう? お昼にしようか」
そして思っていたよりも、ずっと時間が過ぎていて、お昼もだいぶ過ぎてしまっていた。
向こうの麦畑をみると、魔術師さん達が新しい麦畑にせっせと魔法で水をまいてくれていた。きっと彼らも休憩がとれなかっただろう。明日からは気を付けたい。
「いや、彼らも職業柄というか……魔術の事やこういった新しい事に夢中でお昼の事は忘れているだろう。魔術師はそういうものだから」
と苦笑いされた。
こうして、私のブロンディールでの日々が始まった。




