お祖父様
何がなんだかわからないまま大歓声とアレックス様に包まれ、終いには花火か祝砲かわからないが、そんなのが打ち上げられていた。
あ! 今のってバルバドス式の嫁取りの儀式とかなのかな? すごい。
アレックス様に解放されてから、疲れているだろうとムキムキの侍女さん達に、抱きかかえられるように連れて行かれた先は……天国だった。
お風呂で、なんかいろんなマッサージをされたところまでは意識があったが、そこから先は記憶が全くない。
ただ身体はものすごく軽い。昨日の竜に乗った筋肉痛がほとんど感じられない。プロってすごい。
ここに来てからすごい事に囲まれてて、語彙力どこかに行ってしまった気がする。
それにしても……ここはどこ? 私に用意された部屋ってことでいいのかな?
早朝に着いた事は知っていたけれど、もうだいぶ日が高い様だ。どれだけ寝てしまったのだろう。
キョロキョロしていると、ノックが聞こえてきた。返事をすると乳母と一緒に数人の侍女さん達が入ってきた。
「ポーラ!」
「ゆっくり休めましたか? お嬢様」
「ええ、皆さん昨日はありがとう。身体が痛かったのが取れているわ!」
ポーラを始め、皆さん嬉しそうに微笑んで挨拶をしてくれる。ポーラ曰く、激戦(?)を勝ち抜いた選ばれし侍女さん達なのだそう。
紹介を受けてから、出来る侍女さん達に支度をして貰う。こんなに好待遇で良いのだろうか。
「私もこちらで、とてもよくして頂いておりますよ。なんだか若返ったようです」
ポーラが元気でよかった。イェールを出てから王城に真っすぐ向かい、こちらで私の侍女さんを一緒に選んだり、部屋を整えたり色々してくれていたのだという。こんなに楽しそうに話すポーラは初めて見るかもしれない。
支度が済んで軽食を部屋で食べ終わると、アレックス様が部屋に来てくれた。
「フローラ、体調は大丈夫だろうか」
「はい! 皆さんによくして貰って、筋肉痛もほとんど無くなりました」
それはよかったと微笑んでから、そっと手を取られる。なんだかアレックス様の頬が赤い。嬉しそうに笑ってくれるから、私も嬉しくなってしまう。
「部屋は気に入ってくれた?」
「はい。素敵なお部屋です。ここは……」
「そう。フローラの部屋だよ。隣は俺の部屋だから、何かあったらいつでもおいで」
「となり……」
「ああ。そうそう、後で皆が軽く顔合わせしたいって。ちょうど今からなら、午後のお茶の時間くらいがいいかと思うが……大丈夫か?」
ご家族との顔合わせは必須よね。ああ、王族だから緊張は倍だわ。いや王族じゃなくても、おんなじか。嫁ぎ先の家族との顔合わせは誰でも緊張するよね。
「では調整だけして、また迎えにくるから、ゆっくりしていて」
緊張するからか、なんだかソワソワして落ち着かない。みんなが顔合わせに相応しい様に、支度を手伝ってくれるのでなんとかなった。ふぁぁー緊張する!!
そうこうしているうちに、アレックス様がお迎えに来てくれた。でも、迎えに来たアレックス様が心配するほどに、私は緊張して見えたみたいだ。
「……我が国は、魔獣がたくさん出たり環境が厳しかったりするが……継承争いも無いし、家族みんな仲が良いから安心してほしい。祖父をはじめに父と母と兄と弟、あとはオリビア姉さん。みんなフローラが俺の婚約者になってくれて喜んでいる。特に祖父は、感激していたな……」
あの時の方かな?
そんなに喜んでくれるお祖父様っていいな。いや、そうは言っても緊張はするよ?
「正式な顔合わせは、城門で皆の前で終了しているんだ。これからのは私的な顔合わせだから、大丈夫。そんなに緊張しないで」
優しく手をとって案内されたのは、ガラスで出来たサンルームだ。天井の一部にはステンドグラスがはめ込まれた、とても美しい場所だった。
私が調べたバルバドス国は、寒くて厳しい環境の国だ。だからこそ、この陽の光が差し込む美しいサンルームはお城でも大切な場所だろう。
この場に顔合わせを選んでくれていること自体、私を歓迎するという意思表示に他ならない。
「フローラ! さぁこっちに座って! 皆に紹介するわ!」
オリビア様が嬉しそうに私達を招いて、椅子に案内してくれる。苦笑いのアレックス様が椅子を引いてくれたので、小さく礼をしてから座った。私達以外は全員先に揃っていて、こちらに注目している。
「フローラ王女、よく来てくれた。我ら一同、姫を歓迎する」
王様の言葉を皮切りに一斉に話しかけてくれる。
「お父様硬いわ〜フローラが余計に緊張しちゃうじゃない」
「そうよ。あなた。もう家族ですもの。フローラちゃん仲良くしてね」
女性陣にたしなめられ、しょんぼりする王様の姿に驚く。こんなに大きく強そうな方なのに。
「いや、自分の様な男だと怖いかなと思ってだな」
「朝のうちに、父や我々は丁寧に接しようという事にしたんだ」
「そうだよ。さすがにフローラさんくらい小さいと、僕くらいの大きさでも怖いだろうし」
確かに皆、筋骨隆々で大きい。お父様を始め、お兄様や弟さんも私を怖がらせない様に気を遣ってくれたらしい。
「怖くなんてないです。ありがとうございます」
そう言って微笑めば、皆笑い返してくれる。そういえば、そんな所はアレックス様と似ている。初めて会った時にアレックス様も、私を怖がらせない様に気遣ってくれたと話すと皆さらに微笑みを深くして話が弾んだ。オリビア様とお義母様が洋服も一緒に選びたいとか、食物についてや部屋についてなど女性特有の話が続く。
お祖父様も同席されていたが一言も喋らずに、ずっと頷いていただけだった。
歓迎してくれている雰囲気を出しているので、嫌われていないと思うけど……シャイなのかな?
じっと見すぎてしまったのか、目が合う。にこりと微笑めば、ビクッと大きく身体を飛び跳ねさせた。隣に座る王様と、こちらを見ながら何かボソボソと話している。やっぱり怖いと思っていると思うのかな?
怖がらせない様にと、静かに話しかけてくれる。
「……怖くはないのかね?」
「はい!」
お祖父様も身体が大きいだけで全然怖くないし、アレックスの将来の姿に似ているかな〜と思うとむしろよく見たい。
そう返事をすると静かに「そうか、アレックスよかったな」と俯いていた。
「そうよ! アレックス! あんたこんな奇跡大切にしなさいよ!」
「まったくだな! お前はついてるな!」
オリビア様とお兄様が、ガハハと笑いながらアレックス様の背中をバシバシと叩いている。
「いえ、私の方が奇跡の様です。我が国は妃も妾もたくさんいたので……こちらの王家の様な家族の形に憧れていました。……アレックス様、本当にあの時、私を受け入れてくれてありがとうございます」
私には、それこそが本当に奇跡の様な出会いだったんだから。
私の思いとは裏腹に、その場はシンと静まり返ってしまう。変な事を言ってしまっただろうか。
「……いや、この奇跡をお互いに喜ぼう」
お祖父様はじっとステンドグラスを見つめ、目を細めていた。




