バルバドス王城
シェリートから竜の谷に戻ると、先生達と竜達を囲んでみんなで簡単にパーティーをした。打ち上げともいう。
竜達も、ご機嫌でオクラの肉巻きを食べている。オクラ……竜が食べてもいいのかしら。こっそりとゴールドに聞くと大丈夫だそうだ。
──安心せい。我らが食べられないものは、ほとんどないのだ。それにしても、不思議な植物よ……
ゴールドをはじめ竜たちも、花から数日で実になるオクラが気になっていたのだそうだ。食べられて嬉しいと竜達が言っていると聞いて、私もなんだか嬉しい。
みんなで庭で夕食を食べ、オクラだけでなく売上で買ってきたお肉やお酒で、楽しく竜の谷での最後の夜を過ごした。
こうしてこの三日間で竜達の健康診断も無事に終了していた。ギフトも試せたし、お金も稼ぐことが出来た。
現にマルクさんは、ここでの生活──というか資金難に大変苦労を強いられていたようで、ものすごく感謝された。
そのついでに、まだまだ収獲出来るだろうオクラ畑と、今後穫れる林檎の収穫をお願いした。
もちろん、それもここでの生活と研究資金にしてもらえるように話してある。
私も林檎の収穫に来たいが……それまでには一ヶ月程はかかるだろうし、状況が読めないので今後はマルクさんにお願いすることにした。
日々の生育状況を手紙で知らせてくれると約束して、みんなに見送られながら、バルバドス王城に向かって出発した。
竜の全速力でならば、夜の間にはお城に到着するだろうとのことだった。
竜の谷でお弁当を作って持参したので、昼に山の開けた場所で休憩とお昼をとって、時々休憩を挟む以外はずっと飛び続けた。夕飯はさすがに、長めの休憩と共に街に寄った。だが、安全の確保と報告が必要だと強行スケジュールで飛び続けた。
三人にはよくある事の様で平気なんだそうだ。みんなが私の体調を気遣ってくれる。私はただ乗せて貰っているだけなのに、一番疲労していて申し訳ない。
日付が変わり夜が明ける前になって、やっとバルバドス王城が見えて来た。
いかにもといった堅牢な造りの王城に、遠くから見ても圧倒されてしまう。
お城は城全体が篝火と魔法街灯によって、煌々と輝いていた。篝火の光がゆらゆらと揺れ、魔法街灯が明るく強く照らし出すので辺りの暗さと相まって──その姿はまるで、闇夜に浮かぶ城の様だった。
「カッコいい……」
「そう言ってくれてよかった……たぶん先触から時間を計算し、フローラの到着を待っているのだろう。みんな楽しみで、張りきって城中の明かりをつけているんだと思う」
「あはは、嬉しいです」
どんどん城が大きくなって、近づいているとわかる。「わぁー」という歓声が聞こえてきた。こんな時間までこの人達みんな起きて待っていてくれたのだろうか?
そっとアレックス様を振り返ると、苦笑いだ。それが答えだろう。
「たぶん……みんな楽しみにしていたんだ。許してやってほしい」
「いえ、嬉しいんですけど……なんかお待たせして申し訳ないなって」
「大丈夫だ。勝手に待っているのだろうし、半分は夜の警備隊と早朝当番だろう」
大歓声の中、上空で城を旋回してからふんわりと城の前面にある広場に竜達が次々と降り立つ。
一段下にある広場には、大勢の人が見える。そして正面には、王族の皆様が迎えに来てくれた様だった。
パールから、オリビア様が飛び降りて礼をする。
アレックス様が私を腕に抱きしめてゴールドの背から、風魔法を使って優しく降ろしてくれた。
……いや、魔法使うなら抱っこの必要無くない? 恥ずかしいです!
その後ろで、気配を消したトラビス様がレナから静かに降りて最後方に下がり最敬礼で控える。
顔が真っ赤になっている自覚がある。え、これ義両親の前で印象悪くない??
「アレックス様、降ろしてください。私も、礼が執れませんし、恥ずかしいです」
アレックス様の耳元で慌てて囁けば、周囲が一斉にざわついた。ほら! みんなざわついてる!
「いや、フローラ足も腰も立たないだろ?」
「……そうなんですけど……」
確かに長時間、竜に揺られ続けたせいで、力が変な所に入ってしまい全身筋肉痛を通り越して、もう一人では立ちあがれそうにもない。
でも、支えてさえ貰えれば! と、言おうと慌てていると、大きな老紳士がトンと手に持った大剣の柄で地面を突いた。
すると、はっとした様に王様が声をかけてくれた。
「長旅で疲れたであろう、姫はそのままで良い。 アレクサンダー!」
「はっ。報告します。以前の契約に伴い、キュプラ王国より持参金として一年分の食料支援と第三王女フローラ・デ・キュプラールを我が妻として娶りました」
まだ、婚約者ですよ……? 嬉しいけど。
「力が入らず……この様な体勢で申し訳ありません。キュプラ王国第三王女フローラ・デ・キュプラールでございます。この度はこの様な歓待ありがとうございます。バルバドス王家にお迎え頂きとても嬉しく思います」
私の発言に、周囲が一層ざわつく。ん?? 何か変な事言ってないよね? こんなにざわついてたら、私の言葉聞こえてなくない?
──おもしろい人間よのう。
なんだかゴールドまで楽しそうだ。レナもパールも嬉しそうにキュウキュウ鳴いている。
一際大きな身体の老紳士は、アレックス様によく似ている。お祖父様かしら、そして隔世遺伝かな?
その横に王様と王妃様、お顔がそっくりな王子様が二人、一人は大きく逞しい方でもう一人は小柄だが逞しい方だった。うん。みんなめちゃくちゃ大きくて逞しい。
アレックス様もオリビア様も細身だから、不思議な感じ。
老紳士がゆっくりと一歩前に出てくる。
「姫よ……我らは姫を歓迎する。三人の王子は、誰も結婚してはいない。よって配偶者はアレクサンダーに限らず、姫が選んでよい。こちらの大きいのが第一王子で、小柄なのが第三王子だ。どうだ」
……え? どうだ? ってどういう事だろう……? どういう事でも、答えは変わらないよね。
アレックス様が小さく震えるのが伝わる。
「お心遣い? ありがとうございます。もし私が選んでよいと仰っていただけるのならば……」
私はギュっとアレックス様にしがみついて、老紳士に向かって私に出る一番大きな声で答えた。
「私はアレクサンダー様がいいです」
先程のざわめきはどこに行ってしまったのかという程に──辺りは水を打ったように静かになった。
え? 私、今、恥ずかしい事、大声で宣言した!? あれ? やらかした??
焦ってアレックス様を見上げようとすると、そのまま覆いかぶさるように抱きしめられた。
その数秒後、大歓声と共に──山の向こうから、朝日が差し込んでくるのが見えた。




