隣町シェリート
シェリートの街は、労働の街という雰囲気の賑やかで大きな街だった。
イェールの街と同様に屋台が出ているようだが、街の雰囲気は大分違う。
イェールが観光などの側面も強く明るいマルシェの様だったが、こちらは働く人の生活を支える屋台村といった印象を受ける。
アレックス様がフードを外し街の代表の人に挨拶に行く。前回と同様に公園広場の真ん中で屋台を設置していいと許可がすぐおりたとの事だった。ありがたい。
代表の人はものすごく顔色が悪いけど、王族に会うのは緊張してしまうのだろう。わかるわ。
数人の若い男性が屋台の設置を手伝ってくれていったが、みな一様に緊張しているようだった。ただ前回と同じ位置に、同じ屋台を使用しているとの事で、ものすごく早く設営が終わった。
オリビア様とトラビス様がお客さんの対応とお金を管理してくれ、私とアレックス様で調理担当することになった。
「さあ、マルク! この売上いかんでは、竜の研究費用も食事代もかなり違いますよ!! 竜のためにもがんばってくださいね!」
「はっ! おまかせくださいっ!」
竜のためと聞いたマルクさんは、急に目の色を変えて動き出した。まるで別人のよう。
トラビス様……やりますね。
「さあさあ! 今日は我らが次期国王アレックス様の婚約祝いで、これから売り出す新商品を特価で販売するよ! 今日だけの価格で、栄養満点かつ美味しい! お試しにお一つどうぞ!! この肉巻は驚きの味だよ!」
別人の様なマルクさんは、大きな声で売り文句を声高らかに続ける。ちょうど肉巻きも焼けて、香ばしいいい香りが辺りに漂うと共にたくさんの人が列をなしてくれる。
珍しい食材だし、と言って肉巻きと唐揚げ両方をみんなセットで買っていく。もちろん価格は通常の屋台よりもやや安価に設定してあるので、安いとみんなが購入してくれた。
その場で食べた人達が口々に美味しいと話題にしてくれるので列はどんどん長くなり、お土産用の塩オクラも飛ぶ様に売れて行った。
人々は新しいオクラにも、料理にも興味深々で美味しい美味しいと追加購入していく人もたくさんいた。
お肉を焼くのが間に合わない位に、売れていく。
そろそろ用意した分の終わりが見えて来る頃には、マルクさんが人数調整をし始めた。
お昼時だった事もあり、夕方になる前にあっという間に完売してしまった。オクラはこちらの世界でも受け入れられて本当に良かった! まぁ、肉巻きはどこの世界でも人気よね!
屋台も準備を手伝ってくれた街の人達が素早く撤収し、片付けもすぐに終わったので近くのお店に入り私も遅めのお昼にする事にした。
そこは半個室があるお店で雰囲気も落ち着いている。みんなで、遅めのランチをしていると隣の部屋から、オクラが美味しかったという声が漏れ聞こえてくる。
「初めて食べる野菜だったけど、とっても美味しいのね! お姫様の国の野菜なのかしら?」
「婚約祝いだから、そうなんじゃない?」
「あ〜肉巻きはもっと買っておけば良かった! 夕飯に出す分も買うべきだったわね」
とても好意的な意見が多くて、ほっとする。
「……素晴らしいです。……これだけあれば半年分の研究費になります!」
私達が昼食をとっている横でマルクさんは今日の売上を計算して、震えていた。
「素晴らしい……素晴らしいです。これで食事にも研究にも、困らないです。いや、臨時収入として貯蓄し、冬の暖房費に…………」
「マルクさん…………もともとオクラは育て易いんです。まだまだ毎日どんどん実がなりますので、売ったり食べたりしてくださいね。種を取って来年に植えても一、二ヶ月で収獲できますし、育てやすいので実がなりやすいですから」
「ああ! フローラ様に、竜の加護がありますように!」
なんか、拝まれた。
「でも、本当にすごいわ。材料費は薄切りのオーク肉以外、調味料のみだもの」
「はい。かなりの売上です」
「たった三日で実がなる花もすごいし、美味しい調理法もすごいわ。これは本当にすごいギフトだわ」
こうやって売上として、役に立てたのが目に見えて嬉しい。
そうしていると、隣の女の子二人組の話し声がまた聞こえてくる。
「……あの、屋台にいたのって、あの殿下だった……?」
「やっぱり? 私もそうかなと思ったのよ」
「だって……ね」
「うん。……そう、よね?」
「でも、笑いながら料理している姿……見た?」
「見たよっ! だから、違う人かと思ったよね」
「……そうよね。全然……普通に、いや、むしろ……完全に王子様だった……よね?」
「ね。別人だったのかな?」
「だって、フード被っていたけど黒髪で紅い瞳だよ? そんな訳ないじゃない?」
「そうよね……そんな訳ないか」
「「…………」」
わかるわ〜アレックス様、完全に王子様だもんね。アレックス様って超素敵よね。うんうん、と頷いていると、全員が固まっていた。
あ、こんな事で浮気とか、言わないよ?
アレックス様を見上げてニコリと微笑めば、ほっとした様に息を吐いた。
「アレックス様がカッコいいのは、わかっていますから、嫉妬とかしないですよ?」
そっと、アレックス様の耳元で小さく内緒話の様にささやく。
一応念の為にそう言っておくと、また三人ともビシリと固まってしまった。
「……(フローラの中では、アレックスは恐怖を感じないどころかカッコいいなのね)」
「……(宰相様からも聞いていましたが、本当に恐ろしくないのですね……私ですら、たまに本能的に震えるのに……驚きです)」
「……(本当にすごいわね。これ、もう奇跡よね)」
オリビア様とトラビス様が目で会話している横で私達は二人で微笑み合いながら、ごはんを食べ続けた。




