フローラの価値
しばらくオリビア様に「可愛い〜天使〜」と繰り返されながら、ギュムギュと抱きしめられていた。
オリビア様が落ち着いた頃に、アレックス様とトラビス様が「たぶん花粉がついたと思う」と声をかけてくれた。
いや、もう少し早く花粉付けは終わっていたよね? もっと早く止められたのでは?
「ありがとうございます。 そしたら、一箇所に花が数個付いているはずなので、一つだけ残して他は落とします」
「ええ? 落としちゃうのか?」
オリビア様がムギュとしながら、不思議そうに聞く。
ムギュムギュ、ぐぇっ……なんか出そう。
「……はい。そうする事で一つ一つの林檎の実が大きくなるんですよ」
「じゃ〜アレックスとトラビスでまたお願いね〜。私の魔法じゃ無理だな。木ごと燃やすか、すべて氷漬けにしそう」
「では、私はもう一対の林檎の花を作ります!」
そうして私は「私もフローラといく〜」というオリビア様と共に、林檎の花をもう一対の木に咲かせ、先ほどと同じ作業をアレックス様とトラビス様にお願いした。
オリビア様はただただ、私を愛でる振りをして私の体調を気にかけてくれているみたいだった。
いや……もしかしたら、本当にただ愛でていた……だけ? ギュっと抱きつくのがお気に召した様だった。
そして今日は林檎の花を、数本の木に咲かせてから部屋に戻る事にした。
部屋に帰っても、オリビア様はひっつき虫の様に、ムギュムギュとくっついている。本当にお気に召したのか、今日はずっとこの調子だ。
「姉さん、気持ちはわかるが、くっつき過ぎだ。フローラが困っているだろ」
「何よ〜羨ましいんでしょ〜? あ〜ごめんごめん。分かってるんだけど、なんかコレ気に入っちゃったんだよね」
アレックス様がため息をつきながら、オリビア様に言う。トラビス様は困った顔で苦笑いだ。
「フローラ、今朝の話に繋がるんだが……少し話そう」
アレックス様が真剣な表情に、急に緊張してしまう。何かしてしまっただろうか。
不安を感じとったのか、アレックス様は安心させるかの様に一度優しくほほ笑んでから、真剣に話し続ける。
「フローラのギフトは、君が考えているよりも、ずっとずっと凄いものだ。真実、女神のギフトで最上位なんだと思う。母国で隠していてくれていて良かった」
そうかもしれないと、私は静かに頷く。
「恥ずかしながら、世界の中でも我が国が一番フローラの力が欲しいだろう。しかし、君のその力はどの国でも、何としてでも……何をしてでも欲しいと思うほどの力だ……」
アレックス様は一度目を閉じて、再び私を強く見つめた──
「そう、力尽くでも」
力尽くと聞いて、ギクリとする。
そして、アレックス様の力強い言葉と、二人の真剣な表情を見て私はやっと気がついた……だから、オリビア様は今日、こんなに私にべったりと…………。私が狙われるという可能性を考えての行動だったんだ。
今までの私は、確かにそこまでとは考えてはいなかった。あの国を出て、あの国から自由に生きたいと……ただ私らしく生きたいと考えていた。
私らしく生きる。
でも、それは前世の記憶からの影響で、自由に生きるのが当たり前の世界の話なのだ。
キュプラ国は、女神に愛された国で豊かすぎるほどの国だったから、そんなに危機感もなかったけれど……他国では違う。
いや、前世でも世界を見たら食料問題はあっただろうし、色々な問題がたくさんあった。
私の身近になかっただけで。
日本とキュプラで生きてきた私には、危機感が足りないのだろう。
「今後の事は王宮に帰ってから相談させて貰うにしても、とにかく力の使用とその事を知る者は最低限にしていこうと思っている」
「とりあえず不便かもしれないけれど、フローラは私と一緒に行動してくれ」
私はそこまで考えが及んでいなかった自分が恥ずかしくなってしまった。そうだよね。今までの環境が恵まれ過ぎていただけだよね。そうやって、自分の力を生かせるつもりでこの国に来たのに、やっぱり考えが甘いんだと、少し苦しく思う。
「御迷惑をおかけします……」
そんな私の考えはお見通しなのか、アレックス様は私の座るソファーの前に片膝を突き、両手を握る。
「フローラ違うんだ。迷惑なんかじゃない。君と出会えたこと、君が俺を……バルバドスを選んでくれたことを本当に感謝している。あの日、あの木陰で出会えて良かった」
「でも……」
「もちろん君の力は、我が国にとって喉から手が出る程に欲しい力だ。そして、世界中のどこよりも欲しがっているに違いないけど……でも、そんなことよりも、俺にはフローラに出会えたことが一番大切なことだ。だから、フローラの身を守ることが最優先だと思っていて欲しいって事だ」
そんな……まさか……だって。
私はまだ子供で……親も、頼りになる親族もいなくて……後ろだても何もなくて、キュプラ王族としても、いまひとつで……。
手紙はずっとやりとりしていたけど、出会ってまだ数回で……力を使えるから、役に立つからと、ここで生きていかせて欲しいとお願いしているくらいで……。
私を守ってくれていた母は亡くなって……私は乳母を守りたいと頑張って……。
涙を流しながら、必死に言葉にしようと思っても、何一つ言葉にはならなかった。
「ギフトとか関係ないんだ。俺にはフローラが大切なんだ」
「……っ! ゔわぁぁ~ん」
もうそこからなんにも言葉にならず、ただただ子供の様に泣き続けた。
そんな私に、みんな静かに寄り添っていてくれた。それは私が泣き疲れて眠るまで、ずっと寄り添ってくれたのだった。
「フローラは大人みたいな時と、子供らしい時があるね……やっぱりキュプラでの生活のせいなのかな」
「そうかもしれないな。豊かだが、子供に対する嫌がらせという仕打ちでは片付けられないことが日常的に行われていたようだからな」
「それでもアレックスが介入してからは、だいぶ危険は減ったんだろ?」
「命の危険はな。でも一人で、王宮という場所で戦うのは……辛かっただろうな」
「そうだね」
長い沈黙が続く。
「お二人とも、過去を悔やんでも仕方ありません。今後の予定を組み直しましょうか」
「そうだな。姉さんはこのままフローラを頼む」
「私は可愛いフローラにくっつけて嬉しいからいいけどね。城に先触を出しとくわ」




