26 林檎
今日も竜の谷は朝から快晴だ。
昨日、竜の谷や森を散策してから町に帰ると、竜も先生たちもオクラの花に興味津々という感じで畑を眺めていた。
トラビス様が先頭に立って水撒きをしてくれているのを、皆が一斉に眺めているんだもん……なかなかに想像しがたい景色が広がっていて、笑ってしまった。
……本当に先生たちはまだしも、竜達までも眺めているなんて思わないじゃない?
そんな中、いくつかの花は萎れはじめていて、オリビア様が心配していた。
いいんです! オクラは花が落ちると、もうそこに小さな実が見えるんです!
明日の朝が楽しみですね! と、迎えた朝。
朝起きると、もうオリビア様は部屋にはおらず畑にいた。因みに数人の先生達とアレックス様、トラビス様もいた。
「おはようございます! いい感じですね!」
私に気がついて、こちらに駆けてくるアレックス様に話しかける。
「フローラおはよう。花がほとんど落ちているようだ。この小さなトンガリがあるので正しいのか?」
「はい! これが明日には少し伸びて、伸びているのは食べられます!」
「すごい植物だな」
「花が咲いて三〜四日で収穫出来るんですよ。ほら見てください、今日咲いた花はまた実がなります。大きくなりすぎると、固くて美味しくなくなるので、収穫しちゃってくださいね」
向こうで先生もフムフムと頷いている。ふふふ、明日が楽しみですね!
「今日は森の入口に行きましょう」
「体調は大丈夫なのか?」
「はい! たっぷり寝ましたから!」
そうして、私達はまた四人で森の入口まで歩いて行った。
「あの、フローラ様」
「?」
トラビス様が言いにくそうにしている。私は隣のアレックス様をチラッと見ると、頷いてくれたのでそのまま話を聞く。
「よろしければ、マルクに……あ、昨日私達の迎えに来ていた若者のことですが、畑の事を任せようと思っています。彼が一番若いのと、ここの食事や竜に関わる仕事以外の責任者なので。それにあたり、フローラ様の事も少しお話しすることになりそうなのですが……よろしいですか?」
何か問題があるのだろうか? 不安になっているとアレックス様が優しい声で話しかけてくれた。
「フローラのギフトは強大な力だ。オクラ畑についてもだが……それらについて俺達も少し考えていたんだ。いや、そういった事は後で落ち着いてから話そう。いいなトラビス」
「はい」
「はいはい! じゃ〜今日はどんな事が起こるのか楽しみだね! 何が起きても驚く予感しかないじゃない!」
少しだけ緊迫した雰囲気もオリビア様がにこやかに吹き飛ばしてくれる。
そうして昨日のうちに目をつけていた、森の入口付近に到着した。ここは木がまばらに、でも少なくない数が生えていて日当たりも良さそうなのが理想的だ。
「じゃあ、まずはコチラの右側半分の木にしますね」
そう宣言してから、ギフトの力を込めていく。
ギフトを使う時は、人それぞれらしい。マデリンの持つ美のギフトなんかは、オートで常に発動しているらしく力を使う感覚もないらしい。勝手に私の所に来て『私は常に使えるのよ』と謎の自慢をしていった。
第一王女は触れる事で力を使えるなど本当にそれぞれ使い方が違っていて、その話もマデリンから聞いてとても驚いた。
私の場合……まずは、私の中で咲かせたい花を強く想像する。
すると、想像の中で花が咲いていくのだ。たくさん咲く時もあるし、一輪だけの時もある。
想像の花の数は今の所あまり関係ない様な気がする……もしかしたら何か共通点があるかもしれない。
キュプラ王宮内では秘密にしていたせいで、あまり私のギフトを試せなかったから共通点がわからないのだ。
花のイメージがしっかりある方が力の消費が少ないと感覚的に感じている。
その為か、何度も咲かせた事がある花の方がよりたくさん、そして力を消費せずに咲かす事が出来る事は分かっていた。
今回のオクラは初めて咲かせたから、かなりギフトの力を消費した気がする。
今は畑一つで精一杯だったけれど、今回一度にたくさん咲かせたため次からもっと咲かせられると思う。
前世でしか知らない花も咲かせられそう。とは思っていたけれど……ちゃんと咲かす事が出来て、ほっとしたのも事実だった。
それも一つ自信になった。
今日はもう一つ、力の使い方を試したかった。そして、それがどのくらいギフトの力を使うのかも知りたかったって言うのもある。
……それに、期待されてからだと試すのも失敗が怖くなりそうだから、今のうちに私自身も色々試したいし、知りたい。
私は改めて、目の前にある一本の木に触れる。
頭の中で前世よく食べた『林檎』を思い浮かべる。私に一番馴染みのあるのは甘酸っぱい『ふじ』だ。
林檎の花は知っている。でもそれが『ふじ』かは、わからない。今日の心配はそこだ。
木の表面を手のひらで感じる……ザラザラしていて、でも冷たさはない。
そのうちに手から木と繋がる感じがする。一つになるとは違くて、チャンネルが繋がるという感じが近い。
土に手を置いた時も、同じだ。土と繋がる……それも、私が咲かせたい範囲の土地と繋がったのを感じてから咲かすのだ。
この木と繋がったのを感じて、一つ息を整える。
木の全体と繋がって……葉っぱ一枚一枚の葉脈を感じる。こんな感覚初めてだ。
……すごい。
とりあえずこの木一本に、真っ白なふじの花を咲かす事に集中する。
ふー、と息をもう一度吐いてギフトの力を込めると、ぶわぁっと白い中に薄いピンクに色づいた林檎の花が咲いた。
「きれい……」
はぁはぁと少し呼吸が乱れる。一本だけなのに、思ったよりも力を使ってしまった。アレックス様の心配そうな顔が見える。でも、まだまだ全然大丈夫。そうほほ笑んでから、今度は左側の木に手を当てる。
同じ様に呼吸を整え、木とチャンネルを合わせて──今度は甘い青リンゴ『王林』だ。
同じ様にポポポンと花が咲いていく。ふじよりも花のピンク色が強いのが、見てわかる…………成功だ!!
「やった!」
オクラの花は知っていたし、育てたこともあった。もちろん林檎の花も知っていたけど、種類別に花が咲かせられるかは分からなかったから、そこが心配だった。
でも、大丈夫!
嬉しくて飛び跳ねたい!
「そうだ! アレックス様! コチラの木の花粉だけ花を風で揺らして取れますか?」
「やって見よう」
アレックス様は風魔法で木と花を繊細に揺らして花粉を空中に集めてくれる。それを見ていたトラビス様が「自分がコチラの花をやります」と立候補してくれたのでお願いする。
トラビス様がふじの花粉を集めて、アレックス様が王林の花粉を集めてくれた。
「ねえフローラ、これをどうするんだ?」
「りんごって、違う種類の花粉じゃないと実がならないんです。だから、人工授粉させるんです」
「人工授粉ってなんだ?」
こっちでは人工授粉がないの? いや、農家は知ってる……のかしら?
「えっと…………トラビス様の集めた花粉をこっちの花にくっつける感じです! アレックス様の集めた花粉もこっちの花に着くように撒いてください。こうやって、人工的に実がなる様にする事です」
「へぇ~! フローラはすごいな!」
オリビア様はキラキラした目で私を見つめ、ギュギュと抱きしめながら「可愛いだけじゃなくて物知りで天使なんだな」と繰り返してる。
いやいや、もうソレ欲目ですからね。
そして、これは開架で調べたギフトの力の一つなだけです。『林檎』と調べた時に、そう記載されていたのを覚えておいただけなのでそんなに私はすごくないの。
ちなみにこの世界で食べる林檎は、めちゃくちゃ小さくて酸っぱいのだ。
あの日……初めてギフトを使って意識を失った時、夢の中でお母様から貰った林檎は、大きくて赤くて甘い林檎だった。
こちらの世界で、見たことない……私の前世の林檎だった。
私は、あの林檎はお母様からのメッセージなのかもしれないとずっと思っていた。
でも、ギフトの詳細がバレてはいけないとずっと開架を使わなかった。
だって、王に聞かれたら嘘は答えられない。王のギフトでバレるから。第一王女に触れられたら、使ったギフトの様子が見られてしまうのだ。
だから、力を使ってないからわからない・見えない状態にしておかなければならなかった。
正式にバルバドスへの嫁入りが決まって、ギフトの最終確認なども行われて……私への関心が薄れた頃から開架を使ったりしていた。
そして、やはりあの林檎はお母様からのメッセージだと私は信じている。
私はこちらの世界で、寒さに強く毎年咲く甘い林檎を作るのだ。




