25 竜の谷2
アレックス様に運ばれた先にあったのは、山というよりも……断崖絶壁というのが相応しい、岩で出来た壁みたいな景色だった。
あまりの壁感に(壁感ってなんだと自分でも思うけど、他に言い表せない)びっくりして、ポカンと見上げてしまう。
どうしていきなりここに壁が出来たの? と思うくらいに壁だ。まぁ……確かにちょっと斜めかな? 山かな? という感じだ。
遠くから見ると、ちゃんと山らしいけれど……ここからは突然の壁か岩にしか見えない。山頂は雲に覆われていて全く見えない。そのために、余計に壁感が強い。
「……雲が出ていて山頂が見えませんね」
「ん? ああ、山頂が見えた事はないな。たぶん竜達が雲を作り出して隠してるんだろう」
ふぇぇーそんな事も出来るんだ! 竜すごい!
「あはは〜フローラ、口が開いちゃってるよ。アレックス降ろして、座らせてあげたら?」
「いや、危ないからこのままでいい」
谷に来る途中で、何やら考え込んでいたトラビス様は急に町に戻って行った。
オクラ畑の事を先生達がびっくりしない様に、そして竜がいたずらして食べちゃわない様に……上手く報告に行くと言って引き返して行ったのだ。
だから今は私達は三人で竜の谷に来ていたけど……谷かしら? これ?
「ここは、竜から見たら谷なんだよ。今も昔も竜至上主義の先生達が考えそうな地名だよね」
「え! 私、口にしてましたっ?」
「あはは、違う違う。顔に出ちゃってただけだよ」
確かに竜にとっては、降りて来るから谷なのかな? 谷?
まぁ、地名なんてそんなものか。
前世の駅名でも谷やら丘やら山やらついていたもんな。と一人納得していると、竜の鳴き声が遠くから聞こえた。
ゴールド達の鳴き声とは違う、竜の咆哮だ。
遠くから聞こえるはずなのに、思わず身体が竦んでしまう。
それを察知してアレックス様は少し離れた岩場に移動して座った。
「遠くからでもよく聞こえるんだ、彼らの声は。竜は強く美しく、そして賢い生き物だ。我々は本当に運良く、力を借りる事が出来た。竜と出会えるここは、バルバドスにとって大切な場所だ」
「そう、アレックスの言う通り。ここでしか竜に友好的に出会えないからね。いいフローラ、ここ以外で出会う竜は危険だから敵だと思いなさい。いや、ここで出会っても危険には変わりないけどね」
そう言って、決して危険だという認識を忘れてはいけないのだという。けれども、笑う二人からは竜に対する尊敬と大好きなのだという気持ちが伝わる。
「そういえば、竜に認められるってどんな事をするんですか?」
「ああそれは、それぞれの個体によって違うんだよ」
オリビア様が言うには……アレックス様というか、ゴールドの場合『力を示せ』と言われた気がしたから、子供のアレックス様が手当たり次第に自分の使える魔法をゴールドに使って見せたらしい。
それから、ずっとアレックス様と一緒にいてくれるんだって。
オリビア様は『力くらべ』だそうだ。
「え? 力くらべって……?」
「姉さんがいきなりパールを押してひっくり返したんだよ。いや、驚いたのなんの」
「本当、私も驚いたんだよ! でも、一番驚いた顔していたのはパールだね。まさか私の様な人間にひっくり返されるとは思ってもいなかったんだろうしね」
あははと二人して笑っているけれど、どちらも想像以上の事をしていた。いや、それくらいじゃないと認められないのかも。
「因みにトラビスは、怪我して暴れるレナを眠らせて怪我の治療をしてあげたら、懐かれてたって訳。だからレナはトラビスが大好きなのよ」
「あの時のレナは、ゴールドでも手がつけられないくらい暴れていて……とにかく大変だったんだ。どうも、レナは美意識が高いらしくて『美しい体に傷がついた』と、怒りに我を忘れたらしい」
なるほど。それで、レナはトラビス好き好きって感じなのね。ゴールドはアレックス様を見守るお父さんの様な感じだものね。そして、パールはオリビア様をお母さんの様に慕っている感じだし、色々な関係があるのね。
いいなぁ、私もいつかそんな竜と出会いたい。
そう思って竜の住む山の方を見上げてみると……空は青く澄んでいて、ツンと冷えた空気が空をより高く遠くに感じさせる。
岩壁には草一つ生えておらず、ここの環境の厳しさを知った。
町からここまで抜けてきた針葉樹林の森で、明日はまたギフトを使ってみよう。
この町に住む先生達やバルバドスの皆のためにも……。
そう決意して、竜の谷の周りを三人で巡る事にした。
森に生えている草や、花の種類なんかもチェックしつつ巡った。竜の谷は思いの外、というか私が想像していた所とは全く違い、とても綺麗な場所だった。
谷のそばを流れる小川の水はとても澄んでいて川底が透けて見えた。小川の周りにはまだ雪や氷が残っている。
「わぁ〜綺麗な川ですね!」
「ああ、竜は綺麗な水や自然を好むんだ」
小川を覗き込むと、川底には翡翠の様な石が見える。
「すごい! 綺麗な石がたくさん!」
「竜も好きなのか、よく咥えて飛んでいるぞ。採るか?」
慌てて首を振る。
「こんな寒い中、川に入ったら風邪をひいてしまいます」
「風邪? 俺が?」
アレックス様は笑いながら私の頭を撫でた。
「ありがとう。フローラ、でも俺は風邪もひかないほど身体が強いんだよ」
「それでも、寒いには変わりませんから! 駄目です」
すると笑っていたアレックス様は、ピタリと動きを止めた。じっと私を見つめてから……ほにゃりと嬉しそうに笑った。
「……そうか、確かに寒いもんな。うん。なんか嬉しいな、ありがとう」
頬を赤くして笑うアレックス様はなんだか本当に嬉しそうだった。強いからって、過信してはいけないと思うのよね。
「こうやって見ているだけで十分です! 夏に来ることがあったら、その時は一緒に採りましょう。約束です。ね?」
二人でまた来ると約束してから、のんびりと川を眺めていた。
そんな私達のやり取りをみて、オリビア様は少し驚いた顔をしてから眉をさげていた。
「アレックス……私達、今までそんな当たり前の事にも気が付かないで……」
「姉さん、俺すらそう思っていたんだ。しょうがないさ。爺様もそうだったし。ただ、そうだな……いまさらだけど嬉しいんだ。姉さんもありがと」
「フローラが来てくれて良かった。私もそう思うよ」
「ああ……本当に奇跡みたいだ」




