24 竜の谷とギフト
ダルトンの街を出て、またひたすら北に飛んでいく。魔物領が近づくにつれて、町も少なく針葉樹林の森か岩山などが増えてきた。
森には魔獣の姿がたまにだけれど、見える様になって……遠目にでも魔獣の恐ろしい姿を見て驚く。やっぱりここは異世界なんだなって実感する。
日も暮れかけた頃にやっと小さな集落に到着した。町とは呼べない程の数軒の家と大きな建物が三棟並んでいる。大きな建物は、きっと竜舎や竜に関係する建物なのだろう。
集落に到着すると、すぐに一人の若い男の人が近づいてきた。
「主様! お早いお着きで何よりです。ささ、お部屋もご用意しておりますので、まずは皆様は客室にどうぞ。竜様! お久しぶりでございます!! 竜様方は私が診察室までご案内いたします」
私達よりも竜に向けての熱量がすごい人が迎えてくれる。もう竜を見る目がハートに見えるのは幻覚ではなさそうだ。そして、あっという間に竜をみんな連れて行ってしまった。
「あいつは相変わらずですね」
トラビス様がため息をつきながら後ろ姿を眺めている。
「フローラ様、挨拶もろくに出来ないやつで申し訳ありません。悪いやつでは無いのですが、どうも竜至上主義な所がありまして……それ以外は目に入らないんですよ……」
「そうなんだよ。たぶん、私達の事も竜の主だから認識しているだけだろうね。きっと王族だなんて気にもしていないな」
「まぁ、そんな感じだが竜の扱いには人一倍慣れているので安心だ。先生もいつも通り竜にかかりきりだろうから、俺達も少し休もう。姉さんフローラを頼んだよ」
そう言って、別々の部屋に向かって歩き出した。
ここは魔物領に近いけれど、圧倒的強者である竜が多く降りて来る場所のために魔物も近寄らないのだそう。
ただ竜は人に対しても危険なので、あまり人も近寄らないし気候も厳しいので竜の研究者達しか住んでいないそうだ。
魔法の伝令を送ってくれていたため、部屋は私達が泊まれる様に整えてくれてあった。なのでオリビア様と割りふられた部屋でゆっくりお茶をすることにした。
「さぁ、一日中飛んでフローラも疲れただろう? お茶にしよう。私の淹れるお茶で悪いね」
部屋にはポットが備えつけられており、オリビア様自らお茶を淹れてくれる。ここでは人員も少なく物資も少ない為に、誰しもが自分の事は自分でやる事にしているそうだ。
それで、トラビス様が兎亭で持ち帰り用の食事を何人前も頼んでいたのかと納得した。(そこまで好きなんだな、と勘違いしたのは内緒にしておかなきゃ)
軽食のお弁当にしても、たくさんあったので不思議だったけれど……ここの先生達や皆さんへの差し入れなのだろう。それだけ、ここの環境が厳しいと想像出来た。
私達も同じお弁当を夕食として食べてから、今日はもう休む事にした。思ったよりも竜での長距離移動に疲れていたのでちょっとだけ、早めに休めてよかった。緊張しているのもあるかもしれないけれど、身体のあちこちが痛い。
パールの状況は明日になってから先生達と確認する事になった。
翌朝は、オリビア様曰く先生達は眠らずに竜を診ているはずだからと、起床してからすぐに支度をして竜舎に移動する。そこには、昨日の若い人以外に数人の人が集まっていた。
「先生。突然すみません」
「ああ、オリビア様。いやいや、我らもパール様に会えて嬉しいですぞ。毒による影響は特になさそうですが、この一年の成長による影響がみられますな」
どうやら先生達は本当に眠らず、昨日からパールの身体を診てくれていたようだった。特に大きな問題もなかった様で安心する。
「ただ、折角いらして頂いたのでパール様を始めレナ様とゴールド様の診察もさせて頂きたい!」
「そうです! 昨日は毒の影響を調べたので今日は健康診断で、明日はレナ様、明後日はゴールド様を! ぜひ!」
「「ぜひ!!」」
先生達の圧がすごい。
こうして(有無を言わせず)竜の谷に三日間の滞在が決まった。
アレックス様達の部屋に戻って四人で食べた朝食は、固くて小さなパンとスープが少しだった。
「フローラ、竜の谷から竜の山が見えるから後で一緒に見に行こう。まぁそれ以外に見るところも少ないのだが、上手くいけば新しい竜に会える」
「アレックス様、嬉しいです! でもせっかくここに三日もいるので、試したい事もあるんです! いいですか?」
試したい事? と三人とも首をかしげている。
私の力をここで活かせると思う。むしろ、ここみたいに足りない場所こそ、この力が生きると思うの。
「えと、どなたか土属性の魔法でこの土地を耕せたりしますか?」
「俺がやろう。二人は攻撃特化だし、俺はどの属性の魔法も使える」
え? アレックス様すごい!
「ただ、耕せばいいのか?」
「はい、本当はもっとやりようもあるんですが、時間もないので今回は耕すだけでお願いします」
アレックス様は「わかった」と言ってから、私の指定した範囲の土を掘り返し耕してくれた。
耕された土を確認してみると、そこは思ったよりも悪い土ではなかったので少し安心だ。
周囲に誰もいないのを確認してから、目の前の耕された土地の大きさを確認する。
「アレックス様。私もどれくらい出来るのか試した事がないので、分からないのですが……もし力が足りず倒れる事があれば、その後はお願いします。先日お話したように眠れば大丈夫なので心配しないでくださいね」
「今でなくても…………いや、理由があるんだな。わかった」
私は大きく深呼吸を一つしてから、大地に跪きふかふかの土に手を置いた。
何もないところ──無から有み出す時には、こうやって有る物を触って有る物を活かす形で力を込める方が効率がいい事は既に実証済みだった。
大きくふぅ〜と一つ息を吐く。
また一つ大きく息を吸い込んでから……
ふぅ~と二つめの息を吐いて──
私は目の前にある畑一面に、花を咲かせる様に力を込める。
ぶわぁっと音がしそうな程、いっせいに土から芽が出た──かと思うとそのまま、グーっと茎が伸び……ポポポポポンと花が咲いていく。
──目の前には一面のオクラの花だ。
「やった! 成功しました!!」
オクラは開花から三日から五日ほどで収獲出来る。
ナスと同じで花が咲けば、必ず実がなる家庭菜園初心者に向いている植物だ。
前世の実家でも庭に植えていて、花が咲いてすぐに食べられるので気に入っていた。
「アレックス様! 私やりました!」
「ああ」
「喜んでいるところ、ごめんねフローラ。これは何の花なの?」
「オリビア様! これはオクラです!」
「「「オクラ??」」」
三人揃って首をかしげているので、この世界にはないのかもしれないし、この国にないだけかもしれない。
でも、そんな事は問題じゃないのだ!
「見ていてくださいね。明後日には早ければ収獲出来ます。明後日はオクラパーティーです!」
オクラパーティーって何? とオリビア様が笑っているので、説明しようと立ち上がろうとしたら、身体がふらついた。
倒れるっ! と思った瞬間アレックス様が身体を支えてくれる。
「アレックス様。ありがとうございました」
「ああ、力を使った後の事は任されていたからな」
少し頬を赤くしたまま、私を抱き上げてくれる腕はとても頼りがいがある。やっぱり、アレックス様は素敵だ。
オリビア様もアレックス様も心配そうな様子で私を覗き込んでくる
「部屋で休むか?」
「いいえ! 少し休めば……このくらいなら全然平気です。それよりも、さっき言ってた竜の山を見に行きたいです!」
興奮ぎみにそう答えると、三人は一瞬ぽかんとしてから笑い──
そしてアレックス様に抱えられたまま、竜の山に向かったのだった。




