22 今後の予定と乳母
あの後、なんだか嬉しくてポヤポヤしたまま宿に戻ってきた。
なんかアレックス様もポヤポヤしてた気がするけれど、二人してなんか、こう……ウキウキというか……モジモジというか、たぶん浮かれてたのかな。
付き合ってとか、好きだとか、そんな事言われた訳じゃないんだけど、なんか好きな人と付き合ってデートしてみたいな……きゃあーああ!
みたいな、そんな感じ。
そう。なんかそんな感じで……上手く言葉に出来ないんだけど、そわそわムズムズした気持ち。
腕を見ると……普通に歩いていて、下を見てもブレスレットが目に入って、嬉しくなってしまう。
ピアスやペンダントでは、鏡を見ないと自分では見えないからブレスレットが良かった。
宿に戻ってきても、まだオリビア様は戻ってきていなかったので、一人でベッドを転げ回った。
きゃ~なんか普通の……普通の恋人同士みたいだった!!
天井に腕を伸ばして、また一人でうっとりとブレスレットを見続けた。
少し日が傾いてきた頃、後軍の様子を見に行ったトラビス様が戻ってきた。
オリビア様もちょうどパールの所から戻る所だったらしく、二人は一緒に戻ってきていた。
オリビア様はただいまと叫ぶのと同時に部屋に入って来た。
「フローラ! パールはもうすっかり元気だったよ。念の為に今日は一日竜舎で休ませるが、明日には飛べそうだ。竜は体力があるから。本当にありがとう。フローラのおかげだ」
「本当ですよ! 毒さえ消せれば竜は身体が強いからなんとかなるんです。だから、毒が消せてよかったです。フローラ様のおかげですね」
「いいえ、私に出来ることでパールがよくなってよかったです」
一通りおかえりの挨拶がすんだのか……オリビア様は急にニヤニヤして、私をソファーに連れて一緒に腰かける。
「それでぇ〜」
ニンマリ笑って私の頬をつつく。
「街は楽しかったみたいだね〜ねぇ? アレックス?」
ちなみにここまで、アレックス様は一言も発していなかった。チラッとアレックス様の方を見ると、片手で口元を覆いそっぽを向いている。
でも、お耳まで真っ赤です。
「はい、とっても楽しかったです」
「そう! よかった!! 帰りにアレックスに伝令を飛ばしたんだけど、この子ったら浮かれてんだか、碌な返事を寄越さなくて、意味不明な返事を送ってくるから、何か失敗したのか心配だったんだ」
「失敗ですか??」
「姉さん!」
あははと笑うオリビア様と焦るアレックス様は、それでも楽しそうだ。
「でも、ソレね。ふふ、いいね!」
私達のブレスレットを見て、オリビア様も嬉しそうに微笑んでくれる。
「まぁ、アレックス、嬉しいのはわかるけど、今後の予定を決め直しておこう」
当初の予定では、この街で後軍と合流してから一泊し全軍一緒にキュプラ国から出国する。
その後は、後軍がバルバドス王都に着くまで、四人でバルバドス国内を紹介がてら見てまわる予定だったらしい。
ただ、今回急な毒を貰ったせいでパールを竜の主治医に診せたいというのだ。
確かにいくら強靭な竜体とはいえ、何があるか分からないから、絶対にその方がいい。
しかし、私と一緒に行動出来る女性がオリビア様しかいないから『一緒に主治医のいる街へいく』か『お城に直行する』のとどちらがいいかというものだった。
「フローラには、侍女や護衛がいないと困るだろ? だから今回私が一緒に来たんだ。もちろん私がフローラに会いたかったのが、一番の理由だが……更に私までいなくなると部屋の警備面でも不安だし、かと言ってこいつらと同室はダメだし、乳母殿は竜に乗せられないしなぁ」
「はい。最近は腰も痛いみたいなので、無理はしてほしくないです」
乳母に無理はさせられない。私を育てて支えてくれた、唯一の家族だから。
「正式に王城で王子妃として認められると、また動きにくくなっちゃうからね。じゃあフローラ、楽しい所ではないんだけれど、私達と一緒に主治医のいる街へ来て貰ってもいいかい? 悪いね」
「私は全然平気です。キュプラでも、王都もほとんど出た事もなかったし、こうやって他の街に行くのも初めてなので、とても新鮮なんです」
「……そうか」
ちょっとしんみりしてしまったけれど……例えどんな場所だろうと、私には新鮮なのは本当だ。
連れて行って貰えるのはとても嬉しい。
「そう言って貰えてありがたいよ。じゃあ、一緒に行くって事で、アレックスもいいね?」
アレックス様は、少し肩を落としているみたいにみえる。
「フローラ、本当はバルバドスの見て楽しめる街を……少しでも好きになって貰える様な場所を案内したかったんだが……何もなく、見るものもない竜の谷の近くで、すまない」
「竜の谷?」
「ああ、竜は人が辿りつけない、北の山頂の更にその先に住んでいるのは知ってる? 人間に興味のある竜は山から、気まぐれにこの谷に降りてくるんだ。そして、竜に認められるとこうやってパートナーになれる」
知らなかった! かっこいい! 竜自体がファンタジーだけど、そうやってパートナーになるのね!
「その谷のある街に行けるなんて! むしろ楽しみです」
こんな異世界感強めな街に行けるなんて、私にとってはご褒美よね。楽しみだわ!
「そうか、ありがとう。でもそれだと、次に乳母殿に会えるのは王宮という事になってしまうだろう。今日はゆっくり一緒に過ごすといい」
「はい。ありがとうございます」
それから暫くすると、後軍が街に到着したとの事で街の入口に四人で迎えに行く。
街の入口にはキュプラ王宮で見た大勢の人と騎獣がいた。綺麗に整列して礼を執っている。
一番前に立つ背の高い男の人が、足音を一つ鳴らして前に一歩出て来た。
「報告します! 第三部隊全軍、キュプラ王宮から帰還し、イェールに集結しました」
「みんな、協力感謝する。本日はここで休息をとり明日からのバルバドス王城への帰還に備えてくれ。そして、紹介しよう。我が婚約者となるフローラだ」
アレックス様が、手を取りエスコートした状態でみんなの前で紹介してくれる。
おおお!! という驚きと歓声があがった。
事前にオリビア様に言われていたように、軽く屈んで微笑んだ。
すると、なぜかまたあちこちで歓声があがる。なぜだか分からないけれど、喜び方面の声なので、嬉しい。
嬉しい気持ちのままにアレックス様を見上げて微笑めば、彼も私の方を見つめ微笑んでくれていた。
そこで、今日一番の大きな動揺とともに歓声や口笛、果には奇跡だと呟く人達がいる。
ん? トラビス様じゃないよね? あ、違った。なんで?
そんな大騒ぎの中、オリビア様がサッと出てきて通る声で話す。
「気持ちはわかるが、真実だ。さぁ! まずは祝おう!!!! 今日は飲むぞ!」
「「「「おおー!!!!」」」」
そして、解散の声とともにそれぞれ動き出した。
とりあえずこの後軍は、予定通り今日はイェールに泊まり、明日にはバルバドスの王城に向かうらしい。
私はアレックス様に手を引かれ、連れて行かれた先に乳母がいた。二日間も馬車に揺られたとは思えない程に元気そうだった。
「お嬢様、ようございました!」
「ポーラ! 体調は大丈夫? 腰は?」
「ええ、ええ。ふかふかの馬車でのんびりさせて頂いて、いつもより元気なくらいですよ」
確かに、とても元気そうだ。良かった。軍の皆さんにも、とても良くして貰ったのだと言う。
「お嬢様、そろそろ私に旦那様を紹介してくださいな」
「あ、そうね! こちらがバルバドス国第二王子で婚約者のアレクサンダー様よ」
「乳母殿、いつも手紙をありがとう。私がアレクサンダーだ。これからもよろしく頼む」
アレックス様は腰の曲がってしまっているポーラに目線を合わせ、片膝を突いて挨拶してくれる。
「まぁまぁ、本当に姫様が言っていた通りのお方ですね」
ポーラは細くなった目を一瞬大きく見開くが、すぐに更に細くして微笑む。そして、皺だらけの手を胸に当て話し続ける。
「姫様は本当に狭い世界でお育ちになったので、世間知らずな所がありますが……どうぞ姫様をよろしくお願いいたします」
「ちょっと……ポーラ」
そこは言わなくても良くない? 姫なんて、みんなそうじゃないの?
「いや、それに救われたのは私の方だ。……ところで、フローラは私の事を?」
「ええ、いつも『あんなかっこいい人見たことない』と大絶賛でしたよ。ほほほ」
「ポーラもうやめて〜」
ポーラは笑いながら、私がいつもルビーの様な瞳なのよとか、顔がかっこいいのよとか、手紙で優しいとか話していた事を暴露しだした。
私が無理やり宿に戻ろうと連れ出すまで、その暴露話は続いたのであった。
私的には(前世含めて)私の初恋を暴露されるという黒歴史となった瞬間だったが、それを聞いていた全ての軍の人達から何故か物凄い支持を得たのだった。
なぜ。
兵士1「隊長を尊敬している俺ですらたまに怖くてビビるのに、あの姫様すごいな」
兵士2「あの至近距離で微笑みあってたの見たか?」
兵士3「見た! でもああやって見ると隊長って普通の王子様っぽいな」
兵士1・2「あー! 俺もそう思った!」
兵士3「なんか隊長……幸せになって欲しいっす。グスッ」




