20 イェールの街
「少し落ち着いた?」
「はい。オリビア様、お恥ずかしい所を……」
泣いてしまった私が落ち着くのを待ってから、オリビア様は優しく声をかけてくれる。
「いや、いいんだ。また一緒に食事しよう。そうだ、私はまたパールの様子を見てくるから、フローラとアレックスは街に行ってきたら? 約束していたのだろう?」
「そうだな。フローラ、あの丘でも街に着いた時にも約束したしな。ここに来るのは初めてだろう? 欲しい物を買って行こう」
「そうだ! 今回のお礼もしたいし! アレックスにたくさん強請るといい」
「いいえ、オリビア様に買って貰った洋服で十分なので……ただ、一緒に街を散策しては欲しいです」
「任せてくれ」
オリビア様とアレックス様は何やら相談を始め、トラビス様は「ああ天使、無欲……」と恍惚とした表情を浮かべている。
大丈夫かなこの人……と、トラビス様が若干心配になってくる。他にも色々呟いているけど、ほとんどが同じ調子なので既に聞き流している。
そうして食後に着替えを済ませてから、アレックス様と二人で街へ出かけることになった。
私は眩しい金髪が目立たない様に、オリビア様に編み込んで纏めて貰い、帽子をかぶった。
アレックス様は顔や髪が隠れるフードを着込んでいて、覗き込まない限り見えない様にしていた。
お互いに王族だものね。身バレしないように気をつけなくっちゃなのね。と、まるで変装の様でドキドキしていたのは秘密だ。
「……こんな格好での街歩きになってすまない」
「だって、私達これでも王族ですもんね! バレない様に気をつけます!」
両方の握り拳を顔の前で握りしめて、ガッツポーズをとると、アレックス様は何を言われたのか分からないという様なポカンとした表情をした。
そして、やや時間を置いてからクククッと笑い出した。
??何かおかしな事をしたのかしら? と首をかしげていると、アレックス様は私のガッツポーズしていた両手をそっと包みこんで微笑む。
「フローラ、ありがとう。君は本当に幸せな気持ちをくれるな……」
?よくわからないままだけど、アレックス様が幸せならいいのかな? でもお手々ギューからの、イケメンの至近距離笑顔はもう攻撃だと思うの。私の心臓に良くないので、慌てて早く行こうと宿を出た。
その一部始終を見ていたトラビス様の「天使は本当にアレックスが怖くないんだな。すごいな」という呟きが聞こえる事はなかった。
街を歩いていると、傭兵らしき人達が腰を九十度に曲げて「昨晩はありがとうございます!」と挨拶してくる。
アレックス様、いきなり身バレしてる。
それがおかしくて、ついつい笑ってしまう。
私が笑っていると、アレックス様も傭兵さんもぽかんとしている。
「ああ、気にしないでくれ」
「はっ。失礼します!」
走り去る傭兵さんを見ながら、クスクスと笑いが止まらない。
「何か……おかしいか?」
困った様な、心配な様な様子で聞いてくるので慌てて説明する。誤解していそう。
「ふふ、だって、全然変装の効果がなくって……あはは、皆アレックス様だってわかっちゃってて、なんだか可笑しくなっちゃいました」
「ああ、そんな事か……まぁフードがあるから普段よりは話しかけ易いのかもしれないな」
そんなものなのかな? そうか、王族に気軽に声かけられないか。不敬とか言われちゃうものね。
「でも、みんなアレックス様に感謝の気持ちを伝えたくて言ってるんですもんね。不敬とか言わないから、もっと言ってもいいのに」
アレックス様は苦笑いしながら「そう捉えているのか……」と呟いている。そう、とは?
「あ、でもそしたらデートの邪魔かしら……」
「デート……」
その事実に気がついたら恥ずかしくなり「マルシェに急ごう」とお互い真っ赤な顔で足早に歩いて向かった。
イェールの街は私の想像していたファンタジーの街そのままに、とても栄えた街だった。
昨日通った街の入口付近はギルドや店舗、飲食店や宿屋といった建物が多かった。
けれど今日きた中心街は、噴水広場があり噴水の周りにはマルシェが展開されている。
この広場には様々な露店が所狭しと出店している様だった。
街の雰囲気も、とっても可愛い。
目の前にもフラワーワゴンがあって、色鮮やかな花が売られている。花の匂いと美味しそうな食べ物の匂いと、たくさんのいい匂いがしてワクワクしてしまう。
その花の隣には小さな布製の雑貨、布バッグやエプロン等が売られていた。
「わぁ〜可愛いですね」
「そうだな」
アレックス様を見上げると、こちらを見て微笑んでいる。いやいや、なんだその色気駄々漏れな笑顔はー! 格好良すぎる! 私は慌てて話題を変えてマルシェを見て周る事にした。
この辺りには花や雑貨といったものから、簡単な武器や薬草までも並んでいた。
「武器まで売ってるんですね」
「そうだな。弓や投げナイフ、小型ナイフといった消耗品はここで揃えると楽だからな」
「あ! こっちは回復薬ですか? すごい!」
マルシェで回復薬まで取扱っているなんてさすが北の街だ。珍しくて眺めていると、店番のお婆さんがニコニコしながら話しかけてきた。
「お嬢さん、いい薬あるよ〜。それは痛み止めだね。若いお嬢さんにも良く売れているよ」
あー、確かに生理痛の時とかに痛み止め欲しいかもしれない。興味を引かれ、薬だろう瓶達を眺めてみる。
痛み止めの薬瓶の後ろにキラキラした綺麗な瓶が、隠れる様に並んでいるのに気がついた。
瓶だけでもオシャレで飾りたいくらいの綺麗な品物だ。
「こっちの綺麗な瓶は何のお薬ですか?」
「ヒヒヒ、後のヤツは、そうさな〜後ろの彼氏と一緒に使う薬だよ。旦那、買っていくかい? ウヒヒヒ」
……媚薬とかそんな感じ!?
「い、い、いらなっ……あの、大丈夫です!」
「ヒヒヒ〜またおいで〜」
お店からぱっと離れて、別のお店の方へ慌てて移動する。
「びっくりしましたね」と言いながら振り向くと、アレックス様も真っ赤な顔をしていたので見ていられなくてそのまま歩き続けた。
雑貨コーナーを過ぎると串焼きや焼き菓子といった食べ物、更には食材もたくさん並んでいた。
「あ、お肉やハムも美味しそうですね」
「買うか?」
「まだお肉系は食べられなさそうです。あ、あっちの果物見てもいいですか?」
ここに並んでいる果物も知っている物がたくさんある。目の前にあった林檎を一つ手にとる。少し小さくて軽い。
姫林檎より大きいけれど、私の記憶の林檎より小さい。
あの時に、お母様がくれた林檎も……前世の林檎みたいに、赤くて大きくて重くて、そして甘酸っぱい林檎のいい匂いがしていた。
「これを頼む」
マジマジと見ていたらアレックス様がその林檎を買ってくれていた。そして、林檎以外の果物もいくつか見繕って籠に入れて纏めて買ってくれた。
「よし、向こうで座って食べよう。人も多いし色々見て回ったから疲れただろう?」
「はい」
マルシェから少し離れると、ベンチや階段等の至る所にみんな思い思い座って食べたり飲んだりしていた。
「ここの飲み物が、今流行っているそうだ。どれかいただこう」
「そうなんですね! 私は……赤いのにします」
わかったと、言ってアレックス様は赤いジュースと珈琲を買ってくれた。そして一緒にベンチに移動する。
「この後はアレックス様の見たい所に行きましょう?」
「どうした?」
飲み物を買う時もそうだが、私を一人にしないように気をつけてくれているんだなと、途中から気づいていた。ずっと私の見たい所に着いて来てくれていて、アレックス様も見たいものがあるはずなのに……。
「私が見たい所ばっかりじゃなくて、アレックス様が興味のある所も見たいです」
「俺はこの街へは比較的訪れているし、いや、フローラが……その、楽しそうにしているのを見ているのが楽しいんだ。それに、まだフローラにプレゼントも買えていない」
「プレゼントはこれで十分ですよ?」
「何か形になるものを贈りたいのだが……ダメだろうか?」
そんなまさか! と首を振れば、この後に探しに行くことが決まってしまった。そんな捨てられそうなワンコみたいな顔をされて、断れる人は中々いないと思うの。無理よ……。
気を取り直して、買って貰った果物を食べてみる。
……やっぱり、甘みも少なく酸っぱい。林檎も苺もみんなそうだ。特にオレンジなんかは酸っぱくて食べられない。
やっぱり、あの時にお母様がくれた林檎は……。
私は新たな考えに没頭しすぎて、アレックス様が横でソワソワしていたのには全く気が付かなかった。
後で私が一口ずつ食べ散らかした果物を、アレックス様が確認してから食べてくれていたのに気づいて……二人で真っ赤になるのだった。
「フローラもう食べないのか?」
「……はい」
「私が貰おうか?」
「はい」食べかけを口元へ持っていく。
「う"う"ん”」パク。
この繰返し。




