18 私の力と薬の副作用
「フローラ、ありがとう。あの竜は私が卵から私の魔力で育てている……私の相棒で子供みたいなものなんだ」
そう話すオリビア様の顔色は、まだ悪いままだった。
「やんちゃで私の事が好きで……追いかけたのかな。いや……あの竜達は馬鹿じゃないからな。大方、私がいなくても活躍して褒められたかったのかもな。まだ、年若い竜だから」
子供みたいに育てた竜……なんて声をかけていいのかわからずに、ただ寄り添う。そんな中、オリビア様はポツリポツリと話し続けた。
「アレックスの竜みたいに、古竜じゃないんだ。赤ちゃんなんだよ。だから、ちゃんと言い聞かせてやらなきゃいけなかったのに……」
オリビア様は頭を下げて……泣いていなくても、きっと泣きたいのかもしれない。
不安な気持ちを少しでも楽に出来る様に、そっとラベンダーやカモミールの花を部屋に咲かせる。
「オリビア様、素材と調合師さえ揃えば中級毒消しはすぐに錬成出来ます。ここの教会には錬成出来る者がいると、以前に調べてあったんです。そうだわ! 私と一緒に竜の所に行きましょう。毒に当てられてあの竜は不安で、きっとオリビア様に会いたいと思いますよ」
ぱっと顔を上げたオリビア様は「そうか、行こうフローラ」と素早くマントを羽織り、私にコートを手渡した。
オリビア様が私の為にここから動けないなら、私も一緒に行けばいい。
その足で急いで階段を降り──私は階段の途中からオリビア様に抱えられて──竜舎に向かって(オリビア様が)走り出した。私を抱えているのに、あんまりにも足が速くて驚く。
竜舎からは、他の竜達が悲しそうな声をあげているのが聞こえてきた。
「パールっ!」
オリビア様が私を降ろし、慌てて竜の近くに寄る。
この竜の名前かな。パールはオリビア様の声を認識して、うっすらと目を開けてオリビア様の方へ顔を上げた。苦しいだろうに、クルクルと嬉しそうな声を出す姿に、お互いへの愛情が感じられる。
「トラビス、状況は?」
「今、鎮静剤を投与していますのでパールは動けませんが、苦しくて眠れもしないという所です。たぶん、朝までは持たないかと……」
「パールもう少し頑張るんだ。今、アレックスが毒消しを用意してる。すぐに届く」
「っ! 見つかりましたか!」
「いや、フローラが予備を持って来てくれていたんだ」
「そうでしたか! なんとありがたい!!」
クルクル鳴きながら、頭をオリビア様に擦りつける仕草に胸が痛い。早く薬が届くといいのに。
トラビス様には、とりあえず私が材料を持って来ていたという事にしておいてくれた様で安心する。
大きな竜体の胸部が激しく上下する。呼吸が苦しいせいだろう。見ているだけで、辛く苦しいこの時間が長く感じる。
オリビア様に断って頑張れ頑張れと、一緒に体を撫でていると、アレックス様の竜がキューと一鳴きした。
竜の声のすぐ後にバタンと大きな音がして、汗だくのアレックス様が駆け込んでくる。
「姉さん、これを!」
「ああっ!」
毒消し薬の瓶を受け取ると、オリビア様は意を決した様に蓋を開けてパールの前に立つ。ふーっと大きく深呼吸をしてから真剣に話しだす。
「パール。苦しいと思うが、この薬を決して出してはいけないよ。私を信じて必ず飲み込むんだ」
パールはオリビア様を見つめながら、その言葉をしっかりと聞いている様に見えた。
「フローラ、暴れると思うからこちらにおいで」
「暴れる?」
「ああ、中級毒消しはかなり苦味が強いのと……毒の中和過程が辛いのか、苦しむ者が多いんだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「せっかくフローラが助けてくれたのに、怪我をさせてしまう訳にはいかない。本当は姉にも怪我をさせたくないが……俺が飲ませて吐出される可能性も無い訳じゃない。信頼している姉から飲まされた方が、パールはちゃんと飲むだろう」
まさか、毒消しにそんな副作用があるなんて知らなかった。
私が普段飲んでいた、普通の毒消しにはそんな副作用なんてなかった。だから分からなかったし知らなかったのだ。この世界でも、魔法で何でも出来る訳じゃない。
薬に副作用があるなんて、前世では当たり前だったのに……。
よっぽどの特殊な毒でなければ、普通の毒消しで効果があるし、回復魔法が得意な者に解毒魔法を使える者もいる。
ただ魔法も万能ではない。中級レベルの毒による毒消し魔法は、かなりの使い手ではないと使える人はいないし、毒消し薬も少ない。
だから、情報として知らなかった。
コレもおいおい調べていきたい。
そうしているうちにオリビア様はパールの口を開き、蓋を開けたままの瓶を腕ごと口の中に突っ込んだ。
──!? 突っ込んだ??
アレックス様の腕にしがみついて「あれって」というと「確実に全てを飲ませるにはアレがいい」との事だ。
腕を引き抜いて口を上下から押さえていたが、吐き出さないとわかると今度は身体に抱きついた。
「二人とも、一緒に抑えてくれ! 数分後には暴れると思う!」
「フローラはそっちの端にいてくれ」
「私は尻尾を押さえます」
これからくる副作用に耐える為なのだろうか。
──全身麻酔みたいに眠れたらいいのに……そうだわ!
「アレックス様! これを!!」
私は咄嗟に魔草の『妖精の鈴』を咲かせて、パールの前に向かう。大丈夫。これに副作用はない。
「パールを寝かせますっ! いいですね?」
「「「寝かす!?」」」
パールの体を押さえつつ、みんな驚いてこちらを見ている。
この釣鐘形の花は私の『開架』の力で偶然見つけた魔草の花だ。
この花の袋の中に、魔獣でも人でも眠らせてしまう成分が入っていて、寝ている間に魔草に捕らわれてしまう花なのだ。
効果は一日程度だが、基本的には魔草に捕まると目覚める事はなく、食べられてしまうらしい。必要以上は魔草も捕まえないので、数人眠らされた状況ならば一日経てば目覚めて運が良ければ逃げられると書いてあった。
魔草なだけあって、ほとんどの生き物は直接吸い込めば眠らす事が出来る。
逃亡の手助けになるかもと、この花を咲かせて何度も練習や準備をしてきたから大丈夫。
副作用もなく、ただ眠る魔草の粉なのだ。
「パール以外は息を止めてください!」
私は自信を持って、パールの前で『妖精の鈴』パチっと潰した。
花の中にあった花粉の様な粉がフワっと舞いパールが吸いこむと、大きな竜の巨体がズルリと脱力して白目を剥いていた。
「なっ……!?」
トラビスさんが呆然と尻尾に押しつぶされている。脱力しきった尻尾は相当重いだろう。
「よかった。……効果はおよそ二十四時間程です。パールは大きいからもっと早く起きるかもしれません。目覚める頃には、きっと毒も抜けて元気ですよ」
にっこりと微笑めば、アレックス様もオリビア様も呆然としている。オリビア様が、ハッと気がついてパールを確認した。
深く眠り安定した呼吸を繰り返すパールを見てオリビア様は安心したのか、涙を流されていた。
「フローラ……家の義妹は天使かと思う程に可愛いと思っていたけど、本当に天使だったなんて」
大変だ。オリビア様がご乱心だわ。
「そうなんだ。俺も出会った時にそう思ったが、やはり天使だったんだな」
あれ、アレックス様まで……?
「そうだったのですね。それならば、もう本当に色々、全て納得です」
え? トラビスさん何に納得したの?
え? 『妖精の鈴』に副作用はなかった……ハズ????
私まで混乱してきたけれど、トラビス様の一言で一斉に現実に戻ってきた。
「あーその。申し訳ないのですが、私を尻尾の下から出して貰えます? 苦しい…………ぐふっ」




