17 魔獣とギフトの秘密
竜は街外れに専用の預かり舎があるらしく、街の入口で降りそのまま預かり舎に向かった。そこにはすでにオリビア様の騎乗していた竜がいて、アレックス様を見ると嬉しそうにクルクル鳴いていた。
竜って意外に可愛いのかも。
国境近くの街は、キュプラ国内の最北端の街イェールだ。私も以前、ギフトがなかった場合の逃亡ルートとして調べていたので情報だけはよく知っていた。
さすが、最北端とはいえ女神の恩恵豊かなキュプラの国内だ。国の端とは言えない程に賑やかな街並みだった。
ここは北の山脈から降りてくる魔獣討伐の為に、傭兵や冒険者それに付随する商人などが多いため、キュプラ国内とは様相がかなり違っていた。
正直に言うと、めっちゃファンタジー色強め。なのだ。
以前、他の王族と一緒にキュプラ王都には数回であるが視察に出た事がある。
王都は、観光地の様な美しい街並みで確かに綺麗であったけれど、こんなにファンタジー感はなかった。……何が言いたいのかというと、私は感動したって事だ。
わかっていたけれど、実際に見るとまた違う感動がある。
ギルドとか傭兵とか、酒場とか商店なんかが、想像している異世界に近しかったから。
何を言っているのか、きっとここにいる誰にも共感してもらえないであろう。
もし共感出来るとしたら、私以外の異世界転生者だけだろうなぁ。
「街が気になるのか? ここで一旦、残りの軍や乳母殿と合流するから時間はある。後で一緒に街を歩こう」
キョロキョロしていたのがバレている!
でもすごく嬉しい。笑顔で「はい」と答えたのが、少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。恥ずかしい。これじゃ子供だ。いや、十四歳は子供か? ここでは、来年の十五歳には成人だ。
やはり、身体に精神が引っ張られてしまう傾向があるみたい。気をつけないと。
気合いを入れていると、頭上からクスクスと笑う声が聞こえる。あ、街歩きに気合いを入れた訳じゃないんだけど……絶対そう思われてる。うぅ〜恥ずかしい。
「大丈夫だ、俺も街歩きが楽しみだ」
「……はい」
笑って悪かった。なんて言いながらまっすぐ宿を目指した。
宿に着くとオリビア様が待っていた。
「フローラ! 待っていた!」
「姉さん、手続きをありがとう」
「ああ、いいよいいよ〜いつもの事でしょ。そんな事より、フローラと一緒に食べようと……」
どうやらオリビア様が、先に来て全ての手続きを済ませてくれたらしい。さらに、私に食べさせるものや、服なんかも用意して待っていてくれたと言う。
「オリビア様……ありがとうございます」
私が感動していると、豪快なオリビア様は笑いながら部屋へと手を引いていってくれる。
「侍女を連れて来てはいないから、宿では私と一緒の部屋だ。私に任せてくれ! フローラの専属侍女の一人は、既に決まっているんだけど、後数人はいるだろしな。きっと本国ではフローラの専属護衛兼侍女を巡って戦いになるな!」
楽しみだねと笑う。
なぜ専属を巡っての戦いになるのか尋ねると、アレックス様が答えてくれる。
「フローラみたいな可愛い姫にみんな仕えたいだろ。守ってあげたいし、着飾りたいんだ。そもそも、姉上も母上も強すぎるんだよ。護衛も兼ねた侍女もいらないし、身の回りの侍女も討伐に出ていたら仕事がないし」
「あはは〜みんな喜ぶなぁ〜」
喜んでくれるの? 国によって価値観が違うのはわかるけれど、戦えない私は足手まといじゃないの? 不思議だ。
「えっと、ありがとうございます?」
「あらら〜わかってないな。私達の方がずっとフローラに感謝しているんだ」
意味がわからず首を傾げていると、オリビア様とアレックス様は二人で笑いだした。
そんな和やかな雰囲気の中、緊張を含んだ声とノックの音が聞こえてきた。
「団長、申し訳ありません。至急のご報告です」
「ああ、わかった。すまないが、少し席を外す」
オリビア様は一瞬、厳しい顔をされたがすぐに私の方に向き直り笑顔で話しだす。
「ま、とにかく楽しみにしてて! でもその前に、私と色々楽しもうか!」
と言うが早いか、オリビア様はアレックス様が部屋から出たらすぐに何やら大量の荷物を広げ始めた。先にこの街で私の為に準備していた服や小物を、それは嬉しそうに私にあてがい始めたのだ。
「こんな服も似合いそうだと思ったんだよ! バルバドスにはこんな洋服はないからたくさん買ってみたんだ!」
こうして、アレックス様を待つ間に買い揃えた服を着せ替えられる事となった。
髪を緩く結い上げて、帽子を被ると私の髪はそんなに目立たなくなった。キュプラ国内には金髪は多いけれど、王族の金髪は少しだけ鮮やかさが違う。しかし、こうして結い上げた上に帽子を被る事で村娘に見える。
「はぁ〜いいわ。可愛い! 色んな洋服が似合うな。こんなお人形……ぅゔゔん!! 着せ替えっゔん! 違った。義妹が出来て嬉しい!」
オリビア様も「違った」と言っちゃってて全然本音隠せてないけど、ご満悦だからいいか。
そうしている間に、時間は過ぎていく。
アレックス様はまだ帰って来ないのだろうかと、少し不安になってくる。
ちょうどその時、ドアがノックされアレックス様が「遅くなってすまない」と帰ってきた。
私を見て一瞬動きを止め「可愛いな」と笑顔を向けてくれるが、すぐにオリビア様が話しかける。
「用件はなんだった?」
「ブラッディベアが五体もいるらしい」
「そんなことだろうと思った。まあ、一体でも厄介なのに五体か……どうする?」
「ここのトップランカーだけでは厳しいだろう。トラビスを連れて今から俺も出る」
「そうか」
「姉さんはフローラを守ってやって欲しい。フローラ街に着いて早々に付いてやれなくてすまない。今晩中には片付けて戻る」
どうやら、魔獣が出てしまった様だ。どのくらい強い魔獣なのかとか、私には全然わからないけれど、無理だけはしないで欲しい。
私は「お気をつけて……ここでお待ちしております」としか言えずにいた。
「大丈夫だ。朝食で会おう」
そういって部屋から出て行ってしまった。心配そうな私を見たオリビア様が、驚いた顔でアレックス様がどれだけ強いか教えてくれた。
ブラッディベアは二〜五メートルもある大型の魔獣でこの辺りではかなり強い魔獣であるが、バルバドスではもっと強い魔獣が出るので、アレックス様に任せておけば大丈夫だという。
「いや〜そうだよね。アレックスの心配してくれるなんて、フローラはなんていい子なんだ! 私、感動した!」
「だって、ここの人達で倒すのが難しいから、呼ばれたのですよね? 心配です」
「アレックスなら大丈夫だよ! でも、フローラが待ってるから、きっとすぐに帰って来るだろ!」
心配してたと聞いたら喜ぶだろうなぁ〜と笑ったり、話をしたりしながら夜を迎えた。
宿の料理も美味しかったし、オリビア様もとてもよくしてくれた。今も一緒の部屋で寝ている。
オリビア様はアレックス様は強いから大丈夫と言うけれど、私にとって魔獣との戦いがこんなにも身近に感じたのは初めてだった。
どうしよう……不安で眠れない。魔獣を見た訳でも襲われた訳でもないのに、こんなにも怖い。
そっとベッドから降りて、窓から外を眺める。街は魔獣の襲撃に備えて松明や魔法灯の光があらゆる所で揺れていた。
道を往く傭兵や冒険者達も緊張しているのが見てとれる。
私は、後ろを振り向いてオリビア様を見る。寝て……いないよね。武人さんだもんね。
でも、いいか。
オリビア様やアレックス様に隠す必要はない。もちろん、他の人に無暗に知らせるつもりはないけれど、細かい事は後でアレックス様と相談して決めよう。
私は静かに目を閉じる。
両手を前に出して力を込める。
──『開架』
ブラッディベア……名前の通り、血塗れの毛皮は乾く事なく敵に向かっていく、一体でも狂暴な魔獣。毛皮に覆われ見え難いが、眉間に小さな核があり最終的に核を壊さない限り倒せない。
ランクは個体差もあるがAからSランク相当。群を作る個体は特に注意。
狂暴な爪に毒を持つ個体あり。中級以上の毒消し薬でないと効果なし。
中級毒消し薬……聖水・ヒドラの毒・月光花の花を生成した毒消し。熟練度・高。
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そう、私の『かいか』は平仮名だった。
これには、意味があったのだ。
こうやって何処かの図書館にある本から、ギフトの力で内容を確認することが出来る。
これは私にしか見えていないから、第一王女にも見えなかったし、嘘さえつかなければ王にもバレなかった。
だから、必要なものは王宮の図書館とギフトの力で調べる事が出来たのだ。
聖水やヒドラの毒は教会にある。もし必要になるなら、咲いている月光花の花だ。
私はギフトの力をこめて、ギフトで調べた月光花の花を机の上に三つ程咲かせた。この花は希少で花の咲く時期が限られている。真夏の満月の夜中に、森の中に一つの株に一輪だけ咲くらしい。だから、群生地はとても厳重に管理され高値で取引される。
稀に野生もあるが、絶対に根を取ってはいけない。来年咲かなくなってしまうから。
「フローラ……それ……」
「オリビア様」
オリビア様は驚いた顔で机の月光花を見つめている。二人で何も話せないでいると、俄に下が騒がしくなっていた。ただ戻ったにしては騒がしい。何かあったのだろう。
アレックス様は無事なの?
「アレックスが戻ったようだね。……あーフローラは外に行かないで。もう、そんな顔しないで、大丈夫だよ。こちらに顔を出す様に伝えるから」
暫くすると、アレックス様が部屋に来てくれた。
「アレックスだけ入ってくれ」
「遅い時間にすまないな……」
アレックス様の表情が少し優れない気がする。
「アレックス様、お怪我は?」
「フローラありがとう。もちろん俺達は怪我一つない。ただ……俺とトラビスが討伐に出たせいで、自分だけ置いてかれたと思った姉さんの竜が、単騎で追いかけて来てしまった」
「まさかっ!」
「ああ、竜種だから実力はもちろんあの子の方があるが、森の中で興奮状態だったブラッディベアの毒を受けていた……まだ今はそこまで状態は悪くないが、時間の問題だ」
オリビア様が息を呑む。
「この街の中級以上の毒消しの一つは、ここのギルド傭兵が毒を受けたので使用した。もう一つあるらしいが、ラスト一つを竜には使えないと……一番近くの街に予備があるか、今から確認に向かおうと考えている」
「アレックス様! これを教会にお持ちください。アレックス様の魔法で氷付けにするか、風魔法で乾燥させれば誤魔化せますし、教会に毒消しを精製出来る者がいるはずです」
アレックス様は、ハッとした表情で月光花と私を交互に見る。
「そうか! フローラ、感謝する。とりあえず二つ貰っていく」
そういってアレックス様は二つの月光花をその場で乾燥させると、すぐに教会に向かって走りだした。




