15 門出に花を添えて
新しい年が明けて、まだ寒い日もある早春の今日。空は冷たい空気をはらんでいて、とても澄んで見えた。美しい青空に、澄んだ空気。新しい門出にはピッタリの天気で嬉しくなってしまう。
今日バルバドス国から、王女を迎える使節団が来てくれる。
この日を、どれだけ待ちわびただろう。
逸る気持ちを抑えつつ、王宮の入口付近の広間に向かう。昨夜の内に少ない荷物はもう積み込んである。私と一緒に行くのは乳母だけだ。
私達の少ない荷物と、この一年に支援したのと同じくらいの食料支援品が、持参金代わりと話がついている。
本来なら二年間の食料支援の所を、最初の一年に食料支援として、残りの一年分を持参金代わりとしている。
キュプラにとって大した事のない物で、かつバルバドスにとってはとても必要な物で済んだ事で、王も満足そうだった。
その大した事ないものってのは……腹立たしい事に食料と私だけど。
広間には、父である王と第一王子と第一王女……そしてマデリンの四人がいた。
マデリンは美しい顔が歪む程に笑いを堪えられない様で、いやらしく笑っていた。
……まぁ、最後に私のお相手の顔を見て嘲ってやろうという考えだろう。ものすごい執念だわ。
第一王子と王女は、王に命じられて来ているだけだろう。それに、マデリン母すら噂を怖がって来ていないのだろうに……それでもここに来るマデリンに、いっそ感心する。
私はそんな人達の王族側に並び立ち、使者の訪れを待つ。
マデリンのニヤニヤする視線にため息が漏れそうになる。
先触れからの伝達では、そろそろ姿が見え…………えええー。
正直、気絶したい。
心臓が強い自分にがっかりだ。
輿入れの際『相手国からどれだけ求められているか』がキュプラ国では一種のステータスになる。
その事を知ったアレックス様は、大規模なお迎えを寄越したようだった。
そりゃ……お迎えは重要かと聞かれたし、重要らしいですねと答えたよ。
でも、私は迎えに来てくれるのなら何でも大丈夫だって、書いたよ? え? ……書いたよね?
まさか……こんな……戦争でも起こしかねない勢いで、大軍を率いてくるとは思わなかった。
え? バルバドス国は、普通にキュプラ国を攻めようとしたら、その時のギフト持ちの力にもよるかもだけど……侵略出来ちゃいそう……よね。
しばし遠い目をしてしまう。
ヤバい。先頭にいるの竜種じゃない? めちゃくちゃ貴重種で扱いが難しいのよね? 私でも知ってるよ。後ろの馬? 馬で、合ってる? 大きくて魔物みたいだけど……馬(?)も怖すぎる。その後ろにいるのも、なんだろう。知らない生き物に騎獣している。その軍の人達は……一糸乱れず行進してくるんですけど…………。こわっ!
ちらっと横を見ると、王すら顔が引きつっている。
第一王子王女は真っ青だ。
大臣は顔色がもうわからない。
マデリンは……気を失ってる!? 白目剥いても美人って、美のギフトの力すごいな!
ドドドッと地響きの様な音と共に王宮前の広場に大軍がどんどん近づいてくる。この地鳴りの様な音のせいか、期待のせいか……心臓がドキドキする。
ザッと一糸乱れぬ動きで、王宮前に軍隊が整列した。軍隊の先頭にいた一番大きな竜から、飛び降りたのはおそらくアレックス様だろう。
……甲冑姿だから、たぶんだけど。
カツカツと私達の前に進み出て、兜を取ると小脇に抱え逆の手を胸に当てた。
ヤバい、めっちゃくちゃ格好いい!!
出会った十七歳の時も、ものすごく格好良かったけど……逞しさと精悍さが増して、以前よりもずっと素敵になってる。
この時に大臣がヒィッと腰抜かしたのか、ドサッと倒れたのを筆頭に……女性陣はみんな倒れた。
まぁ、軍隊怖いよね。
それ以外、何の音もしない。
私はアレックス様の格好よさにトキメキがとまらず、涙目だ!
ん? 何故か第一王子も涙目で震えてる。
わかるよ! 格好良すぎて、そうなるよね。うんうん。
あれ、あの方が私の旦那様になるらしいの! なんて素敵!! 頬が赤くなって、熱いくらい。
今日が寒いくらいの気候で良かった!
「国王陛下にご挨拶申し上げます」
アレックス様は声までカッコよ!
「……ぁぁ」
王様、声ちっさ!
軍や竜とかの迫力に完全に萎縮しちゃったのね。確かに迫力あるし、友好的だとわかっているから平気だけど……あれに乗るのは、怖いかも。
そんな事を考えてたら、アレックス様の口上が終わっていた。
王が私の方を向き、さっさといけとばかりに手を引いてアレックス様の方へ送り出す。
本当に最後まで、こんな対応なのね。
思わずため息がこぼれる。まあ、全然未練とかもないし、最良の形(持参金という名の食料を持って、キュプラに多くの利がない形)でバルバドスに行けるからいいんだけど。
するとアレックス様がそっと手を、戸惑いがちに差し伸べてくれた。
……優しい。実の父である王の対応に、戸惑いをみせてくれてるのかも。
いつもの事だし私は大丈夫って気持ちで笑ってから、キュプラ王族に向け精一杯のカーテシーをして、アレックス様の手をとる。
本当に嬉しい。……やっとこの人の手を取れた。
そっと抱き寄せてくれたので、アレックス様の胸に頬を寄せた。すごい鼓動が早いのは、私の心臓なのかアレックスの心臓なのか。
ふふ、緊張しているのは一緒なんだな、と思うと余計に嬉しくて微笑みがより深くなる。
顔をあげると、アレックス様は泣きそうな顔で笑ってくれていた。
──私が、アレックス様とバルバドス国を絶対にしあわせにしてあげるからね!
そう、決意も新たに二人でキュプラ王族に一礼してから、バルバドス軍に向く。
振り向くと何故か、こちらも驚愕の表情をしている。……えええ? なんで?
あ! 私が子供みたいだから? やっと十四歳だもんな〜素敵なアレックス様の婚約者がこんな子供だと、驚いちゃうよね。
でも私、がんばるから! みてて! と気合いを入れてアレックス様を見上げる。
アレックス様は優しい、それはもう溶けちゃうんじゃないって程に甘い顔して私を見てた。
あ、あ、甘ぁ〜い!!!!
ムリムリムリムリ! 今世だと話したことある男の子なんて、第一王子(異母兄)くらいだし、前世は田舎の学校で男子少なめだったし、こんなイケメンに微笑まれるとか……本当ムリ……。
私の顔が、ボンって赤くなったのが自分でもわかる。音とか鳴ってないよね? もう、本当……もう!
あたふたしていると、さっさと繋いでいた手を引きクルンと……え? クルンってして縦に抱き上げられたかと思ったら、竜種の背中に乗っていた。
高い笛の音とともに、出発の合図が鳴り響き──竜達は飛んで、他の馬達も一斉に走りだした。
私は空から小さくなっていくこの国を見て、本当にキュプラ国を出られたのだと実感した。
──さようなら。
私は空から、スイートピーの花を力の限り降らせて……前を向いた。
可愛いらしいスイートピーの花がひらひらと舞う様子は、空を自由に舞う蝶の様に見えた。
下から国民の歓声が聞こえたが……でも私はもう下は見ずに、ただ前だけをまっすぐに見つめ続けた。
今日もお読みくださり、ありがとうございます!そして、誤字報告ありがとうございました!!
なるべく19時upがんばります!




