14 そこからの日々と募る想い
婚約の王命が下されてもまだ十三歳だったので、直ぐにはキュプラ国からは出られなかった。十四歳になったら婚約者としてバルバドス国に行き、成人の十五歳を以てして婚姻という流れになるらしい。
王族の面倒くささよ。
といっても十五歳で結婚って、こちらでは(特にキュプラ国では)普通だが、前世の意識がある私にとっては早い気がするので、少しだけホッとしてしまった。
「相変わらず辛気臭い宮殿ね。お前と同じね」
そして相変わらずマデリンは、こうやって突然に私の宮殿に定期的に現れる。
「ねぇ、知ってる? あんたのお相手って、恐ろしくって顔も見られないくらいだって噂の第二王子なんだって。国内ですら嫁候補が居なくて、ウチに打診してきたんですって! ああ、可哀想ねぇ」
第二王子って知ってるし!
アレキサンダー殿下はめっちゃイケメンだから! でも、言うと面倒くさいから、俯いて悲しげな顔をしておく。こうしておくと満足してすぐ帰るから。
けれど、この日は違った。勝手に宮殿の裏庭にあるポーチに腰掛けて話し続ける。
「もう、魔獣の様な醜く恐ろしい方だって聞いたわ! 先日いらした帝国の方から聞いたのだもの。本当よ」
確かに先日、帝国の使節団が来ていたのを思い出した。
私はもう、嫁ぎ先が決まっているので、パーティーや顔合わせに呼ばれたりはしない。その時の話をしているのだろう。
「今回いらしてたのは帝国の王弟殿下だったけれど、とっても素敵な方だったわ! うふふ。まぁ、少し年上過ぎるから、あの方に私はもったいないわね」
素敵な方だから『どうしても』というなら考えないでもないんだけど〜なんて言っているが、帝国の王弟殿下は頭脳明晰な方だ。教養の足りないマデリンはお呼びでないだろう。
まぁ……未だにマデリンを娶るという話はどこからも聞かないので、パーティーの自慢がてら私を蔑み自尊心の回復に来ているのね。
はぁ。面倒くさい。要するに結婚が決まらない鬱憤を晴らしたいだけじゃない。
「ああ! 本当に私がバルバドスに行く事にならなくて良かったわ! じゃぁね〜」
言いたい事だけ言って、私の悲しげな顔を見て満足したのかサラリと身を翻して去っていく。この子は嵐の様だ。でも彼の事を悪く言われるのは、いつも以上に堪える。
アレクサンダー殿下とは、手紙のやり取りだけなのだけれど……結婚出来るのが、正直嬉しいと思ってしまう程に、素敵な人だと思う。
あの助けてくれた五年前の日、殿下は十七歳だったんだって。十代になる前からずっと軍で指揮を執っていたらしい。
きっと魔獣との戦闘でも、倒れている人を放っておけないんだと思う。他国の、しかも植栽で倒れてる知らない人を助けられるってすごくない? 優しさの固まりだわ。
手紙の端々で、いつでも私の体調や周囲の環境を心配してくれる。
──体調は崩していないだろうか。
──寒くなったので気を付けて。
──また毒を飲んだりしていないだろうか。一般的な解毒薬と回復薬を送る。
──元気だろうか。
──アレックスと、出来れば呼んでくれ。
──会えるのを楽しみにしている。
そういった些細な気遣いと優しさが、嬉しくて……いつしか殿下との手紙が心の支えになっていた。
でも優しく手紙を綴ってくれるのは、可哀想な子供を放っておけなかっただけだろうか。
だって、あんなにイケメンで優しくって軍を指揮していて、それで……王子様だよ?
そりゃ、バルバドスは厳しい環境の国だけど、逞しい男性が好きな女子って多いもんなぁ。マデリンは、ああ言っていたけれど、結婚したいって人は多いんじゃないかなぁ。前世の友達に筋肉好きとかいたもん。
今アレックス様は二十二歳で、私が十五歳になる時は二十四歳か。
恋人とか……いや、好きな人とかいるんだろうな。
目を閉じると、あの時見たアレックス様の姿が瞼の裏に浮かぶ。
黒髪を綺麗に後ろで纏め、心配そうにこちらを見つめる宝石の様な紅の瞳。すっと通った鼻筋、きゅっと閉じた唇。
十代特有の細さを残しているが逞しい身体つき……ええっ〜思い出してもカッコイイ!
特にあの腕ね、筋とか血管とか浮き出てたり、ちょっとした傷跡が見えたりするのもまたカッコイイ。
いや、思い出だから美化されてるのかなぁ??
お飾りの妻とかはいやだなぁ。
あーこんなの好きになっちゃうじゃん! そうだ! 手紙とはいえ優しくしてくるアレックス様が悪いんだ!
いいんだもん! 結婚してくれるって言ったんだから、私の事好きになって貰える様に頑張ればいいだけだ!
もし、ダメならその時考えればいい! 当たって砕けろだ!
私も見た目は悪くないと思う。美しいだけで連れてこられた母の遺伝子は、ちゃんと美人に仕上がりつつあると思う。
年の差も、九歳差なら王族ではありよりのありよね? むしろ、私の中身は元大学生だから丁度いいかも。
といっても、今の精神年齢に引っ張られてしまうところもあるんだけどね。
男は胃袋で掴め? いやいや、大学生だった私には、そこそこの料理スキルしかなかった。前世にあった様なお手軽な調味料がここにはないんだもん。コンソメは? ほんだしは? そんな状態で料理とか無理過ぎる。詰んでる。
やっぱりこうなったら、ギフトの力でメロメロ作戦しかない!
私が話相手も(乳母以外)居ないから、こんな変な事ばかり考えてる訳じゃない。
結構真剣だ。
あれ、余計にヤバいのかな?
とにかく、ここの数年はバレない様に、ギフトをたくさん使用してみてわかった事がある。やっぱり最上位ってのは本当だった。
この力はすごい。
前世の記憶に、だいぶん助けられているけれどね。
こうやって、ウキウキしたりドキドキしたり……または、モヤモヤしたりヤキモキしたり(心の中だけ)忙しく一年が過ぎていった。
そうして迎えた春。
私は正式にバルバドス国に向かう事となった。
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