13 時が来た。
王子様と約束をしてから五年が経ち、私は十三歳になった。
あれから私は、毎日バルバドス国について勉強をした。少しでもあの国の役に立とう。優しいあの人の国の為になれるように頑張ろうと努力した。この国で嫌がらせに遭うたび、その思いは強くなっていった。
傭兵ギルドを使って、定期的に手紙もくれる。返事も乳母が私の代わりにギルドに届けてくれたので連絡は途絶える事はなかった。
五年前、食料支援交渉は早々に決裂し使節団はすぐに帰国した。あのタイミングで出会えて本当に良かった。
ある年から北の山脈を越えて、この国の方面に魔獣が現れる事が増えた。
噂ではバルバドス国方面の国境では魔獣討伐を強化したが、深追い出来ずにいる。そのため北の山では魔獣が増えてしまっているらしい。
今までは魔獣被害を考慮したバルバドス国が、善意である程度に減るまで討伐していたそうだ。だが、例年よりも国内の食料問題などもあり深追い出来ない年が続いていると傭兵ギルドなどから聞こえてくる。
増えた魔獣達は、北に進行すると討伐隊が強く、待ち構えてすらいるのを知っているので自然と南に進行する。
戦えるギフト持ちの第一王子は、海がない北側では戦い難い。しかし前回の交渉で無下に食料支援を断っていたために、バルバドス国に討伐依頼をかけると依頼料が以前の倍以上請求されたらしい。
それでも数回は、第一王子を中心として国内の討伐隊もがんばっていた。
帝国に討伐依頼もかけていたが、やはり高額な上に帝国軍も自国の軍事力を減らす訳にはいかない為、長期間の協力は断られた。
第一王子と王妹で国内に残っていた元王女のギフトにより、なんとか民間に被害は出ていない。
ただし、戦い慣れていないこの国の軍部は直ぐに疲弊し、正式にバルバドス国に討伐依頼をかける事となった。
五年の間に何度も討伐依頼をこなし、多額の金銭と食料支援によって交流が増えていた。
王宮に王子と宰相が来る事はもうなかったが、使者がこっそりと手紙や毒消し薬などを渡してくれた。
そして今年は遂に、大型の魔獣を含む大量の魔獣の襲撃が起きた。この世界では稀にあるスタンピードという現象らしい。
これにはかなり我国もバルバドス国も軍事力を投入し、死力を尽くす事となった。
こうしてスタンピードを終結させ、巨額の討伐資金の請求を求められるかと戦々恐々としていたが、意外にもバルバドス国からの要求は食料支援と……今まで一度もバルバドス国に迎える事がなかったキュプラ王族との婚姻だった。
キュプラ国側からは、多額の資金よりも価値の低い王女の婚姻に大いに喜んでいた。ギフトの事について、バルバドス国はあまりよく知らないと思っていたから尚更だ。
書面で『適齢期の王女を迎えたい』とだけ書かれていたという。
──もちろん、私がそう書いてくれと伝えたものだ。適齢期の王女は四人。
第一王女は、国外に出せない貴重なギフトと王が認識しているので無いし。
第二王女は、もともと白夜の国に嫁ぐ事が内々では決まっていたが、正式に嫁ぐと発表していた。
だから、指定さえしなければ私かマデリンしかいないのだ。
あえて私を指名すれば、王がどう判断するかわからない。
私の『花を咲かすだけ』だと思われているギフトだが、最上位だ。定期的に王からギフトについて確認されている。
価値があるかもと思われて、妨害されるかもしれない。
何も指定がなければ、嫌がるマデリンによって私が推される事は想像に難くない。
王族会議が始まり、心臓は飛び出してしまうのではないかと思うほどに早く鼓動している。
「あら、丁度良かったのではありませんか?」
水を打った様な静けさのなか、場違いな程に明るい声で発言するのは、この国の第四王女マデリンだった。
「ふふふ。だって、王家には王女が数人おりますもの。でも……そうね、あの国ならお姉様がお嫁に行けばよろしいのではなくて? あんな岩と砂だらけの、なぁ〜んにも無い国ですもの。役立たずの……ふふふ『花を咲かせるだけ』のお姉様も大切にしてくださるんじゃないかしら? あら、でもお花じゃお腹は膨れませんわねぇ〜うふふふ」
困ったわぁ……ねぇ? と、豊かな金の髪に吸い込まれそうな蒼い瞳を瞬かせ『美』のギフトを持つ妹が、心底意地の悪い笑顔を歪めながら楽しそうに言う。それでも美しく見えるのだから、器用な事だ。
同じ年の妹は特に私のことが……平民の母から生まれた私のことが嫌いなのだ。
「ふむ。確かにあの国であれば、花だけでも貴重であろう。本来なら第一王子の『水を操る』様な素晴らしい力を求めておるのであろうが……」
父である王はチラリと私の方を見てから馬鹿にしたように鼻で笑い、また全体に宣言するように話し始めた。
「かの国の此度の討伐成功報酬は、食料支援と王族の嫁だ。今回はかなりの数の大型魔獣が含まれていた為、向こうの犠牲も大きかった。
成功報酬は我国であっても金貨ではとても賄いきれまい……かと言って我が国に必要なギフト持ちである第一王女は出せぬ。さらに、第二王女は白夜の国に先日嫁入りが決まったばかりであるし、他の姫はまだ幼くギフトも不明だ。二人の内どちらかに嫁いで貰うつもりじゃが……」
とうとうこの時が来た。緊張でゴクリと喉が鳴る。
どうか、どうか、うまくいきますように……。
「お父様! 我国にも帝国にも花はたくさんありますわ! でも私の美しさを以てすれば、帝国の正妃も夢ではありません!! それにあんな魔獣が出る様な野蛮な国なんて嫌ですわ! まだこちらにどんな姫がいるのか知らないのでしょう? 特に希望も書かれていないのですから、この国の為にも、役立たずのお姉様が行くべきですわ」
フンと息も荒げて話しているけれど、こんな態度ではいくら美しくても帝国の正妃にはなれまい。よくて側妃がいいところだろうに、わかっていないんだろうな。
まあ……わが国は帝国に縁づく事が出来て結納金がたくさん入れば、それでも良いのだろうけれど……。そして帝国でも政治バランスを崩す様な、そんな大きな力も望んでいないだろう。だから、妹は丁度いいのか。お互いに。
暫しの沈黙が重苦しい空気を纏って緊張感が増していく。王はこめかみをトントンと叩いている。「花か……しかし、最上位……」その呟いた言葉を聞いて妹の美しい顔が更に歪む。
嫌な沈黙が続き、永遠の様に感じる。
この建物は私の知っている古代のパンテオン神殿の様な、開け放たれた解放感のある建物なのに息苦しくてしょうがない。
「まぁ、花も咲かない様な北の大国に相応しいのは第三王女か……」
「それでは、そのようにお返事させて頂いてもよろしいでしょうか」
いままで沈黙を貫いていた宰相が確認とばかりに発言する。そこで王を中心に、そこに並ぶ王妃や側妃そして王子と王女が皆一様に父王を見つめた。
王は目を閉じたまま、しばらく沈黙した後答える。
「此度の褒美として、第三王女フローラをバルバドスへ嫁がせる事、また結婚祝いと合わせて一年間の食料支援とする。これは王命である。わかったなフローラ」
「はい。仰せのままに。
そして皆様に私から最後のギフトの祝福を」
そう言ってテーブルの上いっぱいに、黄色の薔薇を溢れんばかりに咲かせた。
父である王は、花がたくさんあってもしょうがないとばかりに首を振り……そして、改めて嫁に出すのは私と判断した事に満足そうだ。
また他の妃や王女や王子達の反応もそれぞれだった。花の好きな王女は一輪手にとっていたし、王子はなんの関心も示さない。
第四王女マデリンとその母は「こんなにゴミを散らかして嫌だわぁ〜」と私の方をみてにやにやしている。
私はそれぞれが退出するまで、部屋で頭をさげたままでいた。目を閉じるとあの黒い髪の彼を思い出す。やっと……会える。
こうして、呪われた北の大国バルバドス国への褒賞の一つに……私の結婚が決まった。
私は、この国を出て幸せになってやるんだ。
今日も頑張れました!
あぁ……お休みが終わります(;つД`)
毎日は厳しくなるかもしれませんが、頑張ります!




