ねじ巻く人形師
困った。何も思いつかない。探し物の場所を推理することは難しい。犯人を特定するわけでも既に終わった出来事でもない。
現物がある以上でっちあげることもできない。
「先輩も行き詰っているようですね」
「嬉しそうに言うな。だが、加茂どうも今回は俺の領分でないような気がする」
「それもそーですね。ではまた明日集まりましょう」
「明日?」
「見つかるまで続けますよ」
絶句したのは言うまでもないが、帰れるなら良しとしよう。
「明日の放課後三年Aクラスに集合で」
翌日の放課後、嫌々三年Aクラスに行くと加茂はいなかった。教室は昨日と同じようにピリピリとしている。奥村からも嫌な視線が送られる。
桃園はスマホを片手にせわしなく親指を動かしていた。
「桃園先輩加茂はどうしました?」
「こぐれちゃんなら今日は用事が出来たって」
「勝手な……」
「どーするん?正直見つかるとは思ってないんだけど」
「奇遇ですね。同意見です」
「帰ろっか」
「はい」
教室を出て、玄関についた頃桃園のスマホに着信が入った。どうやら相手は加茂らしい。桃園はスピーカに切り替えて出た。
「もしもし、こぐれちゃん」
「先輩今日はごめんなさい。明日は行けるのでまた集合してください」
加茂は俺の返答を待たずに電話を切った。謝る気は本当にあるのだろうか。
さらに翌日の放課後、三年Aクラスを訪れると加茂はいなかった。桃園に声をかけるとどうやら俺のクラスで待っているそうだ。意味が分からない。最初から伝えてくれればこの嫌な空気の教室に行かなくて済むのに。
二年三組の教室で加茂はお決まりの席に座っていた。相も変わらずあっけらかんとした顔で俺たちを出迎えた。
「加茂、正直ブレスレットを見つけられる気がしない」
「そーでしょうね。今回は不可能だと思ってました」
「どういうつもりだ」
いくら加茂とはいえ桃園が目の前にいて、その言葉を発するのは無神経が過ぎる。こいつの場合その無神経は意図的なものであるから余計意味が分からない。
それに桃園の表情も特段変わりない。
「きっと今日中にはわかりますよ」
「その根拠は?」
「私の勘です」
胸を張って自信満々に答える加茂にため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げますよ」
「誰のせいだ」
「誰のせいであってもため息をついたこと忘れないでくださいね」
加茂は意味ありげに笑って、ごほんと咳払いした。
「では、先輩私からお告げをしましょう。今日は学校を出る前に校舎裏にある空き倉庫に入ってみてください。そして、タイミングを見計らって手を叩いてください」
「なんでそんなことをしないといけない」
「今日行けば明日は集合しなくてもいいですよ」
そう言われては首を縦に振らざるを得なかった。
果たして校舎裏の空き倉庫に何があると言うのだろうか。まさか、ブレスレットがあるなんてことはないだろうな。それこそ意味が分からないか。
たった一人で空き倉庫まで向かった。校舎の影になっているそれは普段人目に付かず、古臭いせいか汚らしい。滑りの悪い扉を開いて中に入る。
暗くて、埃くさい中は特別重要なものがない。
これのどこに意味があったのか。
突然扉が閉められる。とっさに振り返ると人の姿があった。ただ、暗いせいで人物を判別できない。
「お、お前は桃園のなんだ」
若干震えた男の声が倉庫に響く。聞こえた声を脳内検索かける。該当なし。だが、推測はすぐにできた。桃園と俺の関係を気にする人物なんてそういない。
「奥村松雄先輩ですか?」
「な、なんでわかった」
「先輩がご存じか知りませんが、僕は嫌われ者の生存者と言われているくらい人と関りがないんですよ」
「……どこで桃園と知り合った」
「その前にあなたと桃園先輩の関係を教えてください」
「く、クラスメイトだ……」
尻つぼみに声は弱まった。
加茂が適任だと言った意味がわかった。厄介ごとを押し付けられたものだ。
「奥村先輩、桃園先輩のブレスレットの場所はご存じですか?」
「し、知らない」
「困りましたね。僕がプレゼントしたものなんですけど」
「な!なんで、お前が」
「そんな野暮なこと聞かないでくださいよ」
あえて煽るような口調で言った。
暗闇にも視界が慣れて、奥村の顔がひきつっているのがわかった。
「ど、どうせ。弱みでも握って無理やり付き合ったんだろ。そうでなきゃ桃園がお前なんかとありえない!」
「なら、ブレスレットをよく見てみるとわかりますよ」
一瞬、奥村の目が持っているバックにいった。
あのバックの中にありそうだな。もみ合いになるのはごめんだ。
ま、あの加茂が仕向けたことだ。どうせ外で待機しているのだろう。なら外から開けてもらおう。
パチンと手を叩いてから口を開いた。
「奥村先輩がブレスレットの場所を知らないなら仕方ないですね」
勢いよく鈍い音を立てて扉が開く。差し込むほどでない外の明るさが暗い倉庫を侵略した。
「桃園!?」
「奥村先輩バックの中見せてもらえますよね」
奥村は観念したようにその場にへたり込んだ。バックの中を探して小さなポケットに手を入れると小さめのジップロップにブレスレットが入っていた。
桃園はそれを取り出して左手首につけた。
「見つかってよかった……」
「奥村先輩はなぜ取ったんですかー」
加茂は嬉々として問うた。
「取るつもりはなかったんだ。あの日松崎先生が休み時間に教室に来て現国の課題回収するように指示があったんだ。桃園は既にクラスを離れていていたから、クラスの女子が机の中を探そうしたんだ。その時にブレスレットのことを思い出して、まずいと思ったんだ。だから、たまたま近くの席にいた俺が回収を名乗り出て、プリントを出そうとしたらブレスレットが出てきて、とっさにポケットに入れたんだ。すぐに机に戻そうと思ったけど、放課後の教室にはずっと人がいて、君たちが現れた。返す機会を失って、ずっとやきもきしていたんだ」
「そうだったんだ。奥村ありがとね、おかげで募集されなかった」
「怒っていないのか?」
「うん、ブレスレットは戻ってきたし、悪意があったわけじゃないからね」
「そーですか。では、先輩私たちは帰りましょうか」
加茂は話したいことがあるらしい。俺も言いたいことがある。
一度玄関まで戻って問いただした。
「満足したか?」
「微妙でしたね」
「どこまで知ってたんだ」
「なんのことでしょーか」
「今更一つずつ聞きはしない」
加茂は犯人が奥村だと知っていた。それも本来犯人にすらなりえないことだった。
俺を介入させたことが奥村の感情を揺さぶった。一度ではなく三度も揺さぶった。
桃園もまた、犯人は聞かされていたのだろう。今思えば初対面の加茂と親友のブレスレットを失くした状態ですぐに仲良くなれないだろう。それに見計らったかのような電話。桃園もすぐにスピーカーで俺に聞かせようとしていた。
「なんで、奥村を刺激した」
「こーいうのが好きなんですよ」
「趣味が悪いなんてものじゃないぞ」
「スパイス程度のものですよ。今回も大きな問題になっていないでしょう」
「マリオネットになるこっちの身にもなれ」
「それじゃー私はつまらないですよ。糸を使って動かすなんて退屈です。せいぜい人形のねじを巻いてあげた程度のことしかしないです。動いたのは先輩ですよ」
嫌な肌感覚があった。これは経験則に基づくものだった。
「先輩、もうため息をついてはいけませんよ。では、さようなら」
背中で回るねじはやっと止まったみたいだ。