特定首謀者
例えばそう。恐怖体験は繰り返される。刹那でデジャヴを覚えた。
朝、下駄箱を開ければ手紙が置かれている。
真っ白なA4三折封筒に入れられて、封蝋で閉じられている。あまりこのタイプの封筒で使うとは思えないそれを意識的に丁寧に開封した。
せんぱーいへ
どーですー驚きましたか?
放課後、教室に伺うので待っていてください。
加茂こぐれより
さて、今日は即下校しよう。
放課後まで時間は飛んで、予めすぐに帰れるように準備しておいたリュックを背負って急いで玄関へ向かった。幸い加茂を一度も見かけていない。
下駄箱を開けた。予定調和のように置かれた手紙、靴は消えていた。
犯人は特定するまでもないだろう。加茂こぐれだ。
今度の手紙は封筒にすら入っていないどころか学校で配られたプリントの裏側に書かれている。即席のお遊びのつもりか。
どうも加茂です。
これを読んでいるということは約束を破ったということですね。
はやく教室に戻ってください。
さて、教室に戻ろう。
教室の扉を開ければ誰もいなかった教室に加茂が前回と同じ席に座っていた。そして、俺が座っていた席には一人の女の子が座っていた。
「せんぱーい、約束守ってくれると思っていました」
「一方的に用件を伝えることを約束とは言わない」
「まー待ってください。昨日みたいなつまらないものではないので」
「つまらないもの?」
「被害者はいれど、悪意を持った加害者のいない物語性のないものという意味です」
「それは良いことだろ」
「ほんとですか?先輩は脅迫文を送りつけられた時、どんな身に迫る危機が訪れるのかとドキドキしませんでしたか?それが実は自分にとって記憶の片隅にすらなかった犯行動機だった時失望しませんでしたか?」
「もし、そう思う人間であればこんな信条掲げてない」
「そーですか。私はがっかりしましたよ。昨日の犯人が分かったとき」
「だから、俺に押し付けたってことか?」
「まーそんなところです。犯人を特定して欲しいってよりは創作して欲しかったんです。盗まれた体操着を題材にしたミステリーを」
身勝手なことだ。こっちは信条を侵害されているのに。
「ところで先輩。この子のこと気になりませんか?」
加茂は向かいに座る女の子を見ろと視線で伝えて伝えてきた。
さっきまでの会話を聞いて、居心地を悪そうにしている女の子にここで何をしているのかくらいの疑念は湧いているが、鉄則の信条からして下手に話しかけるわけにはいかない。なんならいっそ幽霊であった方が助かる。
「いや別に」
「そんなつまらないこと言わないでくださいよ。かなりの美少女だと思いませんか?」
たしかにモテそうだ。おでこを見せ、メイクをして、制服を着崩して、肩ほどの髪は茶髪でヘアアイロンをかけてカールを作っている。当然容姿も整っている。
一つ思うことがあれば加茂と仲良くしているところのイメージがつかない。
「で、誰なんだその人は?」
俺が聞かなくても紹介するだろう。なら先手を打って壁を築こう。
「私は三年Aクラスの桃園ひな」
「三年生!それもAクラス……」
「そーですよ。しっかり敬語使ってくださいね」
視線を下げて桃園の上履きを見ると緑色だった。
この学校は緑、青、赤が学年の色として統一される。今の代で言えば三年は緑、二年は青、一年が赤だ。来年三年が卒業すれば新入生は緑となる。
加えて、三年生だけはクラス制が特殊で数字のクラスとは別にAクラスがある。特進クラスと置き換えても問題ない。学年の成績上位二十名だけが配属され、そこに入ったが最後受験方式は一般しか許されないとか言われている。偏差値が真ん中レベルなのに何故か存在している摩訶不思議なクラス。
「それで桃園先輩はどうして加茂と一緒にいるんですか?」
「ひなでいいし、敬語もいらない。突然その子がクラスに来て無理やり連れて来られたの」
桃園は明らかに不機嫌な顔をしている。夏休み前とはいえ三年生のAクラス。受験のことはとっくに意識しているだろう。貴重な時間を加茂に無理やり奪われて、出会ったのが悪名の広がった男ではその態度も仕方ないか。
だとすると、加茂はなぜ連れてきたのか。
「桃園先輩、後輩が失礼しました。帰ってもらって大丈夫です」
「ねえ、私さ、ひなでいいし、敬語もいらないっつたんだけど」
「これは謝罪ですし、いいという権利を貰ったのでその権利を放棄しただけです」
加茂はうわぁと声を漏らして失礼な目を向けてきた。
桃園はまるで公共の場で騒ぐ関わってはいけない人でも見るような顔をしていた。
「あっそ、でも約束は守ってもらうから」
「約束って何のことですか?」
「この子が言ってた。探し物見つけてくれるんでしょ」
「無理です」
「は?どういうこと」
「ひなちゃん先輩落ち着いて、先輩はやりますから」
加茂は無責任なことを言って桃園を軟禁していたらしい。
探し物なんて人手こそ必要で、むしろ俺は適していない。加茂が知り合いにかたっぱしから頼んでいるならわかるが、どうやら俺一人だし、そもそも加茂はなぜ桃園が探し物を探しているって知ったのか。
「加茂探し物ならお前の知り合いと桃園先輩の知り合いを集めて探せ」
「今回はそーいった類の探し物じゃないんです。それに先輩が適任なんですよ」
「そうか。どちらにせよ。俺に探す気はない。靴を返せ」
「困りましたね。靴がないと帰れません」
「俺に脅迫か。犯人さん」
下駄箱に入っていた紙をポケットから取り出して見せつけた。
「はい、確かに私の書いたもので、下駄箱に入れたものですが、これと先輩の仰る靴に何の関係があるんですか?」
「いや、俺の下駄箱に靴がなくなって、この手紙が入っていたらお前しかないだろ」
「いえいえ、名前も忘れていたであろうクラスメイトから脅迫文を二回も入れられた先輩です。第三者が靴を盗んだ可能性は十分にあるでしょう」
「こぐれちゃんもういいよ。そんな人放っておこ。関わっちゃダメなタイプだって」
「それもそうですね、では先輩さようなら」
「ちょっと待て、靴はどこに」
「何君、こぐれちゃんが盗んでないって言ってるのに証拠もなしに決めつけてるの。サイテーなんだけど」
「いいんです。ひなちゃん先輩の探し物が見つかるまで今日は帰りません。先輩はお得意の犯人捜しでもしてみたらどうですか?」
「ありがとーこぐれちゃん」
どうやらまた敗北したらしい。先生に言いつけたところで証拠もない。防犯カメラがあるわけでもない。警察に行ったってただ無駄な時間を使うだけだ。犯人は確定しているのに捕まえるための証拠がない。
「わかった。探すよ。その代わり俺の靴を見つけてくれ」
「すごい、こぐれちゃんの言った通りになった」
「でしょ」
でしょ、じゃねえわ。