論より証言者
「さて、先輩もう一度事件の状況を整理しましょう。
被害者は一年三組佐藤日和。
推定犯行時間は三時間目から四時間目の間。
被害者である佐藤日和は水泳の授業中に体操着を更衣室から盗まれました」
「まずはその被害者の佐藤について教えてくれ」
「そうですね、彼女は大人しめで要領が良いです。それと影でひっそうと男子から人気があるようなタイプですねー。先日同じクラスの藤田唯斗から告白され、振っていますし」
なるほど、特別珍しいタイプではないらしい。
「藤田唯斗を好きな奴はいるか?」
「どーでしょうね。いてもおかしくはないと思いますが、佐藤日和は要領が良いのでその辺も上手くいなしていると思います」
なら、佐藤への嫉妬路線はなさそうだ。
「佐藤は部活に入っているか?」
「入っていないですよ。先輩方との交流はないと言っていいでしょう」
交流がないのなら先輩の確率は下がる。ただ、俺の場合と違って先輩が佐藤を一方的に知っている可能性はある。いわゆる片想い。犯行自体は今のところ誰にでも可能だ。
「先輩が下着ではなく、体操着を盗むとしたらどういう時でしょうか?」
「そうだな。僅かな倫理観で、もしくは怖気付いて、本来は下着を取ろうとしていたが体操着に変えた。それか元々の目的が体操着だった。理由はわからない。もしかしたら佐藤に現物として弱みを握られていて、それが体操着のポケットに入っていたとか」
「なるほどーチキったわけですか」
あまり動機からの特定は実を結びそうにないな。
視点を変えよう。去年を思い出せ。水泳の授業はどうだった。男女は25mプールを隔てて、それぞれの先生が教えている。体操着を着るのは見学でなければシャワーを浴びる前までだ。佐藤は体操着を着なかった。つまり、見学をしていない。
水泳の授業と十分休みはどう過ごすのが一般的だったか。たしか、プールには入れなかった。ほとんどの生徒がプールサイドに建てられた屋根の下で談笑をしていた。トイレに行く者もいたが、犯行できなくはないが、時間的に微妙だろう。
「誰か十分休みを過ぎてから戻ってきた奴はいるか?」
「いませんでしたよ」
「そうか……一旦場所を移そう。加茂のクラスは誰かいるか?」
「多分、時間的にいないと思いますよ。犯人でもわかったんですか?」
「逆だ。現地で情報を集めようと思う」
「なるほど」
リュックを背負ってから階段を下りて、一年三組の教室に入った。加茂は黒板横に掲示されている名前順に書かれた初期の座席表をはがした。それを加茂は自席であろう場所に座って机に紙を置いた。俺は加茂の前の席に座ってその紙を見た。
男十七人、女十九人の合計三十六人だ。加茂は透明なペンケースからシャーペンを取り出してクラスメイトの名前の横に〇と△の印をつけた。
「個人的に可能性がありそうな人たちにマークを付けました」
「ちなみにどういった理由で?」
「例えばこの加藤裕樹はクラスの可愛い女の子ベスト5を作ってその二位に佐藤日和を上げていました。ちなみに一位は私でした」
「そのちなみにはいらないが、じゃあこの安部佐波はどういった理由で△をつけた?」
「彼女はいわゆる優等生が嫌いなタイプで校則違反の着崩しをしています。いつも褒められる佐藤日和とは対照的です」
「なるほどな。でもこれは参考にならなそうだな。もし、どちらか二人が犯人であったとしても体操着である理由がわからない。さっきは怖気付いた可能性を考えたが、クラスメイトが行える犯行時間は十分だ。うちの更衣室は一階が男子二階が女子だ。盗んで持っていくのは難しい。男の場合特定の相手を狙うならまず、どこにその子の荷物があるか探さないといけない。時間的にも隠し場所的にも考えにくい。
では安部はどうかと言われればやっぱりサイズの小さい下着の方が隠しやすく、下着か体操着かであれば嫌がらせ目的なら下着の方が効果的だろう」
「それもそうですね。さすがです。ですが、佐藤日和は体操服をロッカーではなくそのすぐ近くにあったテーブルに置いていました。右胸に刺繍された佐藤の名前も見えていたので探す手間というのはほとんどないですよ」
「ちょっと待て、それは聞いていない。今すぐ、更衣室の写真を撮ってきてくれ」
「後輩に盗撮しろっていうのはどうなんですか」
「ちがう。更衣室の形状を見たい。俺が見てまずいものは加工でもして見えないようにしてくれ」
「わかりました」
少しだけ解決の糸口が見えてきたような気がする。もし、仮説が当たっていれば俺は考え違いをしていた。
加茂を待つ間暇だったので、教室をぼうっと眺めた。クラス目標が掲げられた後ろの黒板、いつもより一階分低い窓の景色、加茂の新品であろう透明なペンケースに真っ黒のシャーペンと視点を転々と変えた。
がらがらと教室の扉が開く。
「写真撮ってきました」
スマホを受け取った。古びた木製のロッカーで当然ながら戸締りができるタイプではない。更衣室はさらに二分化され、出入り口側はただロッカーがづらりと並んでいるがもう一つの空間は三方がロッカーで一方だけ長机と椅子が二つ置かれている。そこの壁には鏡が三つ付けられていた。
加茂は机の端の方を指さしてここに体操着が置かれていたと言った。確かに入れば一目で体操着の場所はわかる。
「なあ加茂、体操着を盗まれただけで、他の人の物は荒らされていなかったか?」
「はい、そうです」
「佐藤は水泳バックの中に体操着を入れていたか?」
「はい、そうです」
「加茂たちのクラスの前に水泳をやっていたクラスがあるな?」
「はい、そうです」
「加茂はどうして俺の所に来た時佐藤も一緒に連れてこなかった?」
「被害者ですよ。悪い噂ばかりの先輩の前に友達を連れてこれるわけないじゃないですか」
「本当か?」
「はい、本当です」
「なら、それだけか?」
「どういうことですか?」
「お前は佐藤と親しい仲じゃないな」
「はい、便宜上お友達としました」
「最後に一つ。この事件は既に解決しているな」
「お見事です。先輩」
俺はおちょくられていたのだろう。答えの出ている犯人捜しをさせられるなんて。
「どこでわかりましたか?」
「さてね、ただ違和感は最初からあった。加茂は真剣じゃなかった。友達想いな奴にしては適当だったし、深刻そうでもなかった。それからずっと被害者を佐藤日和とフルネームで呼んでいた。俺が佐藤と言ってもだ。加えて、〇と△の印を書いた人物が犯人候補である理由が犯行動機だった。同じクラスなら盗むことができるのは十分休みだけだ。普通その時間にいなかった人物に印をつけるだろ。それで最後の問答だ。置いてあった体操着、荒らされていない更衣室、プールバックで確定した。そのこと知っていたなら犯人が男である説には否定的なはずだ。佐藤が体育着を持ってきてたことを知る人物は女子しかいない。男は更衣室に侵入しても誰のがどこにあるかなんてわからない。手当たり次第探すしかない。構造的に奥に行かなければ佐藤の体操着は見つけられない。仮に体操着を見つけて佐藤を狙ったなら好都合なはずだ。そこに体操着があるなら佐藤の荷物はそのすぐ近くにあるのが道理だ。荒らさずに目的を達成できるわけだからな」
「確かに男子ではないですね」
「では、犯人は誰だと思いますか?」
「別に特定なんてする必要はないと思うが、多分お前たちの前に水泳の授業を受けたもう一人の佐藤あたりだろう」
「さすがです。一年一組の佐藤蘭って子が自分の物だと勘違いして持って帰ってしまいました。翌日、担任から本当に正しい体操着が忘れ物として届けられて、自分の物ではないと気がついて返したようです」
「どうして俺に犯人捜しをさせた」
「悪意や敵意はないです。好奇心が一番強いですね」
「そうか、じゃあ俺は帰るから」
一瞬、自分の領分を超えようとしてしまった。決して踏み込んではいけない。特にこの子は一度足を入れたら引きずり込まれる。そんな予感がした。
「またあしたですー」
「さよならだ」