嫌われ者の生存者
「せんぱーい、あなたが嫌われ者の生存者ですか?」
放課後、二年三組の教室で帰りの荷物を整理していると遠慮なくドアの開く音がしてあまりにも酷い通り名で呼ばれた。
なぜ、俺だとわかるかと言えば現在俺以外の二年三組の生徒は停学中だからだ。
さて、この後輩らしき女の子をどうしたものか。
肩ほどの黒髪で、目がクリクリとしていてる幼い印象を与える女の子。
「あれ?違いました」
俺の信条は【踏み込まず、踏み込ませず】であるが必要最低限のコミュニケーションは取る。ファーストコネクトでどれだけ壁を作れるかが重要だ。
「俺は鈴木優だ」
「はい、私は一年三組加茂こぐれです。どうやらあっていたみたいですねー」
嫌われ者の生存者はやはり俺みたいだ。それにしてもこの子俺の名前を知っていながらその酷い通り名で呼んだのか。
明らかに性格が悪い。絶対に関わってはいけないタイプだ。
「それで相談がありまして」
「悪いけど、今日は用事があって」
「ふむふむ、友達のいない先輩にご用事ですか?」
「そうだ」
失礼過ぎるが触れてはいけない。でかかった言葉を飲み込んだ。
「ところで、クラスメイト全員を停学まで追い込んだ先輩の用事とは何ですか?」
「君に話す必要はない」
「確かにそうですね。二年四組のクラスメイトから空気が悪くなったと影でぼやかれてる逆空気清浄機先輩と私は他人ですからねー」
あからさまに手元の紙を見ながら読み上げている。俺はそんな風に呼ばれているのか。
それにしてもこの子は本当に相談する気はあるのだろうか。
「知っていますか先輩。一度濁った水は透明には戻れないって」
「何が言いたい」
「先輩の悪評は尾びれを付けて広がっていくだけですよ」
なるほど、どうやら既に俺の信条は窮地に立たされているらしい。こちらが踏み込まずとも悪目立ちをすれば踏み込まれてしまう。だが、それをどうにかするすべを俺は持たない。つまり、もう何もしないが正解だ。
「そうか、そうか、教えてくれてありがとう。じゃあね」
リュックを背負って教室を出ようとした。すると、加茂に腕を掴まれた。
「今、ありがとうって言いましたね」
「言ったけど、それがどうした」
「感謝したってことはお返ししたい気持ちがあるってことですよね。では、私の相談を聞いてください」
「図々しいな。やったことに見返りを求めるな」
「まあーとりあえず座りましょうよ。ここは空いている席が多いですから」
「皮肉が上手なことで」
仕方ない。この調子では付きまとわれる恐れがある。話を聞いて帰ろう。
俺が座った席の前の席の向きをこちらに向けて加茂は座った。
加茂はゴホンとあからさまな咳払いをして相談とやらを口にした。
「私のクラスで体操着の窃盗が起こりました。推定犯行時刻は体育があった三、四時間目の間です。盗まれた子の名前は佐藤日和という私のお友達です」
「体育の時間に体操着が盗まれたのか?」
「一年はもう水泳ですから」
そうか、俺たちは来週からだったがもう一年生はやっているのか。
この学校は水泳の期間中は体育が二時間になる。
「それにしても盗まれたのは下着ではなく、体操着だったのか」
「先輩セクハラですか?」
「さてね、単なる疑問だよ。もしも下心のある人物の犯行なら体操着ではなく、下着を持っていく方が一般的じゃないのか。サイズにしたってそっちの方が小さくて隠しやすい」
「ええ、私もそう思います。相談内容は伝わったみたいですね」
「犯人捜しをしろってことだろ」
悪評ばかりが耳に入る先輩の所にわざわざやってきて、犯人捜しをお願いするなんてなんて友達想いのやつなのだろうか。素晴らしいね。
「断る」
「なんでですか?」
「俺の信条に関わる。それに全く知らないやつらから犯人を捜せなんて無謀だ」
「うーん。ですが先輩は、友達のいない先輩はそれでも犯人を特定したじゃないですか」
なんでわざわざ言い直した。本当に頼む気があるのだろうか。
「それは偶然だ。どちらにせよ俺の信条に関わる」
「さっきから信条って何ですか?」
「それはだな。ごほん、俺の信条は【踏み込まず、踏み込ませず】だ」
「なんですかそれ」
加茂はとても失礼な目を向け、嫌な顔していた。
「先輩の信条は置いておいて、全くメリットがない話ではないですよ」
「例えば?」
「この問題を解決すれば女子が最も嫌悪すると言ってもいい体操服の窃盗犯を捕まえた人として悪評を打ち消せますよ」
「なるほどね。悪評が打ち消せたとて、信条が害されたら意味がない」
「まー言いたいことわかります。ですが、このままいくと先輩は悪評が広まる中停学開けのクラスメイトが戻り、さらに酷い目にあうかもしれませんよ」
「そうかな。一度クラスメイトを停学に追い込んだ男だ。わざわざ手を出そうなんて奴はいないだろ」
「では悪評は広まってもいいと」
「言っただろ。踏み込まれなければ問題はない」
これで断ることができるだろう。俺が解決する理由はない。
「では、先輩脅迫させていただきます」
「何言ってんだ、停学になりたいのか?」
「まさか、私はこれから毎日先輩に付きまとうだけです。それがもしかしたら先輩にとっての踏み込むに当たるかもしれませんが」
こいつまじか。平然ととんでもなく厄介なことを言いやがった。
自然と深いため息が出た。俺は敗北を喫した。ついうっかり、信条を語ったばかりにそれが弱みになるとは思わなかった。こいつは相談と提案の間に俺の情報取集をしていたってことだ。
「どうですか?相談に乗ってくれますかね」
「仕方ない。ただし、犯人を特定できる保証はないぞ」
「ええもちろん。わかってますよ」
俺は今苦虫を噛んだような顔をしていることだろう。
「ところで先輩ご用事の方はお時間大丈夫ですかー」
俺はさらに顔が歪むのを自覚した。嫌味を言うタイミングも心得ているらしい。
俺は顔を引きつらせながらだ、だいじょうぶと情けなく答えた。