盾を持つ者
「やっぱり僕とこぐれは似た者同士だね」
先輩の姿が見えなくなって、十分な距離があいた頃に湊さんは近づいてきました。
やっぱりなと私は思う。
「湊さんは死ぬおつもりですか」
「それは適切じゃないよ。僕はもう死んだ」
「どーいうことですか」
「こぐれは遺書の全てを解読したわけじゃないんだね」
「はい、私一人では解けないようですし」
湊さんは以前よりも儚く笑いました。本当に死者のようです。
この手紙自体すべての謎を解く必要がないのは最初からわかっていました。私と湊さんは似た者同士ですから。書いた人が読んだ人にどのように行動してほしいのかを考えればいいだけのことです。
「ネタバレは嫌いかい?」
「おもしろいのならその是非は問いませんが、今回は先輩にしてもらおうと思っています」
「そうか、こぐれは彼を信じているんだね」
湊さんは喜びました。
先輩のヒントはただのミスリードに過ぎないわけです。湊さんは『こころ』を心なんて書く人ではないですから。暗号にミスリードはあっても嘘を書いてはいけません。多分、本当に何かしらの心を失っているのでしょう。そして、私がその意図に気がつくかを試すという意味もありそうです。
「湊さんは一人ずつとお話がしたかったのですか?」
「そうせざるを得なかった」
「そーですか。では、先輩が来る前に教えてください。湊さんは先輩が【踏み込まず、踏み込ませず】という信条を持つことを予期していましたか?」
「さすが、こぐれだ。じゃあ、僕のことは粗方検討がついているわけだね」
褒められた気がしませんよ、その言葉は。
「湊さんは私に何の一つも興味を持っていなかったんですか……」
声が震えました。
私は湊さんのことを敬愛しています。それは先輩の気持ちに負けないくらい強烈なものです。もし、湊さんにとって私が、先輩を都合よく動かすための道具だとしたら……私の三年間は何だったというのでしょうか。
湊さんを見ても表情は変えないです。
「まさか、特別だよこぐれは。僕にとっては必要だった。そして、彼にとっても必要になる」
「それはどういうことでしょうか」
「僕はね、『こころ』しか知らないんだ。僕の物語にはどうしても三人の主要な人物が必要だった」
湊さんは私の求めている言葉をくれはしなかったです。むしろ、残酷に私の想像通りの回答をよこしました。ただのパーツだったわけです。
「そーですか」
私は強がり、いつもの無神経そうな笑顔でそう言いました。
「こぐれはその顔がよく似合う」
湊さんは無神経に言い切りました。
「やっぱり、酷いですよ」
「どうして」
「わからないところがです」
涙がこぼれないようにグッと堪えた。
湊さんは酷い人です。私に代替品になれと言っているのですから。
「ねー湊さん。どーして遠くの青犬中まで来ていたんですか」
私はそれでも何か縋るように求めました。
「偶然だよ。それ以上はネタバレになってしまう」
「そーですか。でも、不思議です。『こころ』では『先生』は奥さんに最後まで自分の罪を告白しませんでした。湊さんはどうして、純白なままであろうとしないんですか」
「それはね、僕の愚かな欲であり、結局のところ誰が誰を担うか決めあぐねているからだよ」
「湊さんは『先生』でしょう。遺書を書いたんですから」
「遺書を書いたのは『K』だってそうさ」
そういえば『K』も書いていました。ならどうして湊さんはここまで遠回りをして私たちに接触したのでしょうか。頭の中でいくつかの可能性を考えましたが、どれも違いそうです。
突如、私の後方から先輩の声がしました。
「いいや、誰も担わないですよ湊さん。だって、『こころ』には『わたし』がいるはずですし、何よりもう湊さんの遺書の内容はこれで崩れました」
「そうだね」
湊さんはそのことが嬉しいことのように笑いました。