矛を持つ者
まだ足りない情報があって、必要な情報があった。
俺はもう一年以上連絡をしていない中学の同級生馬場信也にメッセージを送った。
「馬場、久しぶり。鈴木優だ」
「おー久しぶりだな。どした?」
「湊零って覚えてるか?」
「そりゃ覚えてるよ。お前が熱心に仲良くしようとしていた人だろ」
「あの人が二年何組だったか知りたいんだ?」
「いやー知らんな。先輩に聞いてみようか」
「頼む」
これで、一つは終わった。次は湊さんのいる場所だ。どうしてもこういう時俺は勘に頼らざるを得ない。明確な根拠を持って答えは出せないが、多分ヒントは烏公園にあるんじゃないかと思う。『こころ』で『K』と『先生』が対峙したのは上野の公園の池の端だった。そして、俺と加茂の距離を近づけるつまり、青犬中と赤猿中との中間地点はこの場所になる。
自転車に乗って、公園へ向かった。そのままスワンボートの浮かぶ池をぐるりと一周した。時間が悪いのか、湊さんの姿はなかった。
でも俺は今一人だ。湊さんの理論なら近づけるだろ。どこにいるんだ。
「先輩もここを選びましたか」
私服姿の加茂が後ろに立っていた。これではダメだった。二人が近づいてしまえば湊さんは離れてしまう。つまり、ここではない。
「加茂、俺たちは見つけられるだろうか」
脱力した体を自転車に預けて、そう言った。
湊さんは死に際にどちらと逢いたいと思ったのだろうか。
「先輩、私達はミスリードに引っかかっていますよ」
「どういうことだ」
「私は先輩を通して、湊さんに近づこうとしました。先輩はその逆をしたのでしょう。それではこの結果は当たり前だったんです。それは私と先輩を近づける行為であっても湊さんに近づく方法ではないです」
「俺らが生み出す湊さんの虚像を追っているってことか」
「はい、そうです」
「じゃあ、俺たちが協力する意味なんてどこにも」
「ありますよ。あるはずなんです。湊さんは必ず、ヒントを残しているはずです。私に手紙を残したならきっと、先輩にも何か残していると思います」
俺に残しているものだって。そんなのないよ。湊さんは俺の家を知らないし、俺の名前も呼ばない。加茂を通してわからないなら詰みだ。
「湊さんは俺には何も残さないよ。そういう人だよ。自分の気分で周囲を誑かす。去る者を拒みやしない」
「そーでしょうか、私からすればどーでもいい相手に自分から接触するなんてことおかしいですし、何より……いえやめておきましょう」
「なんだよ。気になるだろ」
「気にしないでください」
まあ、いいか。だが、湊さんを探すなら俺は湊さんに近づく必要がある。それは幻想から理解へと変換することを意味する。
スマホの通知音が鳴った。馬場からだ。
「先輩に聞いたけど、わからなかったよ」
「わからなかった?」
「誰もクラスを知らなかったっていうか、そもそも名前自体知らなかったよ」
「そうか、ありがと」
驚きを隠した返事を送った。
湊さんは赤猿中に在籍していなかったってことか。だとしたら青犬中に在籍していたってことか。それはおかしい。俺はこれでも頻繁に会っていたし、距離を考えてもありえない。
総合すると湊さんはどちらの中学にも在籍していなかったってことか。
そういえば湊さんは行事ごとに現れたことはなかった。それはバレてしまうからだろうか。
「どーしたんですか先輩?」
「湊さんはどうやら赤猿中に在籍していなかったらしい」
「なるほど、そーいうことですか」
「何かわかったのか?教えてくれ」
「肝心なことではないですよ。それとは別に先輩には探してもらいたいものがあります」
「なんだよ」
「湊さんが失ったという心です」
「そんなのどこにあるんだよ」
「学校ではないですか?」
「その根拠は」
「先輩と湊さんの繋がりがそこにしかないからですよ」
それは否定できないことだった。俺と湊さんは学校で出会い、学校で交流した。あの人が『こころ』を隠すのなら多分あの桜の木の下だろう。
「行ってくるよ」
「はい、お待ちしてますー」
赤猿中の門をくぐり、念のため受付で適当な理由をでっちあげて、桜の木を見ていた。大体の場所はわかってもどの木だったか覚えていない。掘った後がないか探してみたが、区別はつきそうにない。仕方なく、落ちていた木の棒でそこらを掘り返した。
ない、ない、ない、ない、ない、ん……あった。
付箋の貼られた『こころ』はビニール袋に包まれて埋められていた。中身を取り出して、ペラペラとめくった。付箋には場面のメモが書かれ、文章には線が引かれ、隣に解説が書かれている。湊さんの字は初めてみたが、いわゆる丸文字で、中性らしい見た目に合っている感じがした。
何の変哲のない本だ。これがどういったヒントになるのだろうか。いくら付箋を見比べてもいくら言葉を考察してみてもそれは単なる『こころ』の解読でしかなくて、湊さんにつながる気がしなかった。