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似た者レンズ

加茂こぐれは湊零について語りだした。


「湊さんと出会ったのは私が中学二年生の時でした。当時、私の中学校では『猫の気まぐれ事件』が起こっていました。まーその事件に関してはいずれ話す時がくれば語りましょう。彼と出会ったのは学校の帰り道でした。ひとりぼっちで多くの付箋が貼られた『こころ』を読んでいました。興味が湧いて、声をかけると彼は生気のない目で『君が猫の気まぐれ事件の犯人だね』と一発で当てて見せました」


こいつ中学でもやらかしていたのかよ。


「私は当然なぜかと聞きました。彼は『君がどういう質の人間か目を見ればわかる』と言いました。それで私は興味を持ったわけです。見かけたら声をかけて、先輩の時のように事件に巻き込もうと画策したのですが……底がつかめない方でしたねー」

「加茂は湊さんに褒められたか?」

「いえ、私はむしろそのままでは悲惨な結果を招くよと注意を受けたくらいです。なので、先輩が羨ましくもありますねー」


そうか、加茂は褒められなかったのか。

加茂の表情に影が落ちた。


「加茂は湊さんが失踪した理由を知っているか?」

「いえ、突然影も形も消えてしまいましたから」

「この学校に来たのは?」

「先輩と同じく勧められたからです」


湊さんは俺たちを引き合わせるためにこの学校を勧めたわけか。ただし、加茂には俺の情報を与え、俺には何も教えなかった。なにがしかの意味があるはずだ。そうでなければどうして……加茂にだけ。


「肝心なのはこの手紙です」


加茂はバックから白い封筒に入った手紙を取り出して、俺に渡した。


【こぐれ、久しぶりだね。

高校生活は楽しんでいるだろうか。彼にも接触はしたのだろうか。

こぐれに出会ってからは三年、彼に出会ってからは四年が経つね。

僕は君たちと会いたいと思っているよ。でも、僕の心はすでに失われている。だから僕ができることは一番楽な努力だけなんだ。

僕らの三角関係は二人ずつでしか近づけない。誰が、誰を担うのだろうね。

僕は君たちを見ているよ。】


湊さんは俺のことを鈴木とも優とも書かなかった。彼と抽象化された記号にどこかショックを受けた。

この手紙を読んでも場所を特定できそうな文言は見当たらなかった。


「加茂なら真意がわかるんじゃないか?手紙をよく使うだろ」

「そーですね、意図はシンプルで探してほしいということでしょう。ですが、場所も時期も私にはわかりません」

「意味深ではあるよな」


湊さんはどこまで見越していつから動いていたのだろうか。それとも積み重ねたものを後から使って、あたかも念密に練られた伏線かのように見せかけているのだろうか。


「加茂はこの手紙のメッセージを『探してほしい』と読み取ったな」

「はい。私ならですが」

「ああ、加茂と湊さんは似ているから大丈夫だ。ついでの確認だが、『探してほしい』という意図を含んでいるなら俺たちにわかるように書くよな」

「なので、先輩に協力を頼んだのですが」


当たり前の確認作業に加茂はバカなんですかとでも言いたげな顔を浮かべている。

だが、この作業が大切なのだ。俺たちの共通認識はズレているかもしれない。答えが二人にしかわからないのであればそれは致命的だ。片方が当然と認識していることがもう片方にとっては知られざる内容かもしれない。


「加茂はどこの中学だった。俺は赤猿中(あかざるちゅう)だ」

「私は青犬中(あおけんちゅう)でした。大体五キロくらい離れていますね」


赤猿中と青犬中は地区大会で同じになるくらいの距離感だ。丁度間の場所にでかい烏公園があり、野球やテニスが行える場所がある。


「心というのは『こころ』のことでしょうかね」

「ああ、俺もそう思う」


とはいえ、『こころ』を失くしたとて、何の問題があって、何のヒントになるのだろうか。


「一番楽な努力とはなんでしょうーか。この手紙を書くことですかね」

「まあ、探すではなく、探してもらう方が楽か」

「何か煮え切らない様子ですね」

「自分でも無理な理論だと思ってな。場所を知らない俺らより、通う高校を知る湊さんが来る方が手紙を書くよりもよっぽど楽な努力だろ」

「そーですね……」


湊さんは本当にこれを解読できると思っているのだろうか。ただただ意味深なだけで、何もわからない。

三角関係は二人ずつでしか近づけないなら俺は加茂からヒントを引き出すしかない。


「加茂は湊さんの住所を知っているか?」

「いえ、知りません。送られてきた手紙は直接入れたのでしょうから」

「向こうは家を知っていたもか」

「はい、上がってもらったこともありますよ」


加茂と湊さんの関係は想像よりも深いのかもしれない。

俺の知らない奥行きを想像して、気分が悪くなった。俺は湊さんを一番知っていたかった。


「そーいえば湊さんは詰襟を着ているところをみたことがありませんね。冬は紺のセーターをいつも着用していました」

「そうなのか。別に来ていたと思うが。ただ、俺は湊さんが『こころ』以外の本を読んでいる所を見たことがない」

「私もです。私の部屋にもいくつか本があるのですが、手をつけることもなかったですし」

「湊さんは何回もお前の家に行ったのか」

「なんですかー嫉妬ですか?」

「……」

「本気ですか?」


これは嫉妬ではない。


「あー先輩は私に嫉妬したんですね」

「嫉妬はしてない」

「まーいいですけど、一つお聞きしますね」

「なんだよ」

「先輩と湊さんはどこで出会ったんですか?」

「どこって、そりゃ学校に決まっている」

「それはおかしいです」

「なぜだ」

「私が出会ったのもある意味学校ですから」


それはおかしい。あり得ないことだ。確かに湊さんは赤猿中に少なくとも二年間いた。


「つまり、湊さんは赤猿中にも青犬中にも在籍していたということか」

「そんなことはできません」

「わかってる。要するにどっちかの学校には通っていなかった」

「そーなると、在籍していなかったのは青犬中でしょうね」

「なぜ?」

「私は帰り道でしか見たことがないんですよ。学校で合う必要がなかったので」

「そうか、でもだとしたらなんで」

「五キロも離れているんです。相当な理由があるはずです」


もしかしたら、湊さんは加茂のことが好きだったのではないだろうか。

湊さんは気まぐれでしか自分からは関わらない。『恋は罪悪ですよ』と引用したのは加茂に恋心を抱いていたからかもしれない。


「加茂は恋人がいたか」

「いえ、部活一筋でした」

「なるほど、だから帰りの時間に会えていたのか」


湊さんが加茂を特別視していたのは間違いない。

あの人が誰かを特別視するなんて、あるとすれば俺だけかと思っていた。

これはおごりか。邪念を振ってもう少し冷静に考えないといけない。


「加茂、今日は帰ろう」

「ですが、何もわかっていません」

「このまま話していても解決しない。ヒントを探すために俺は『こころ』を読まないといけない」


家に帰って、『こころ』を読んだ。内容はある程度頭に入っていたから注目したのは文章自体だった。

たぶん、今の関係性は俺が『K』で、加茂が『先生』で湊さんが『静』だ。俺が死ぬことはないだろうが、俺と加茂は湊さんを敬愛し、加茂が鈍感に湊さんの好意に気がついていない。

文章を読み進めて、『遺書』へと突入した。そして、ある一文が目に入った。

『一番楽な努力で遂行出来るものは自殺より外にない』

ぞわりと鳥肌が立った。

点と点が結びつくように手紙が遺書に置き換わって、楽な努力が自殺の読みに変わった。

そうか、湊さんは死のうとしている。

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