短編 真祖の吸血鬼とゲーム部屋で一週間
深夜の道路に車を走らせる男が一人。
彼の名はタケル。ボサボサな黒髪、くまだらけの目元、そして無精髭に囲まれた口元は、めんどうくさそうな表情を作っている。
「はぁ、また薄気味悪いところだな」
右手はハンバーガー、左手は車のハンドルを握り、目で周囲を見回す。時刻は深夜、ただでさえ人通りが無いような街並み。ふいに、街頭の真下に何かを見つけた。
「あれは、人か……?」
車を降りて、近寄る。それは間違いなく人だった。
十代に見える長い髪の女性。異様だったのは、神聖さすら感じる白い髪に、透き通るような白い肌。
タケルは訝しげに目を細めると、嘆息をこぼした。
「おい、あんた。大丈夫か?」
近づいて身体を揺らしてみる。すると女性は閉じていた目を薄らと開いた。
瞬間、女性はタケルへと抱きついた。何をする──そう言う間もなく、女性の鋭い牙がタケルの首元へと突き立てられる。
そう、その女は吸血鬼だった。
吸血鬼──それは人の血を吸う怪異。人ならざる怪力や魔法を持つ存在であり、気に入った人間に血を与えることで眷属を作る存在──
タケルは吸血鬼に気に入られてしまったらしい。ただ街頭の下に倒れていた女性に声をかけただけで……
「──そうして、俺が生まれたってわけ」
ソファにふんぞりかえるタケルはそう言って笑う。
「ん、どうした? ニル」
タケルの目の前、ニルと呼ばれる女性──白い髪に白い肌、赤い瞳の女性……タケルに噛みついたその女は肩をわなわなと震わせていた。
「ねえ、タケル。にんにく食べれるのよね?」
「ああ。二⚪︎系ラーメンはニンニクマシマシマシだ」
「太陽は?」
「さっき散歩いったらくしゃみでた」
「……銀の弾丸は?」
「無傷」
その問答を経て、ニルはさらに肩を震わせ、叫ぶ。
「この私(真祖の吸血鬼、強い、最強、つよつよ)を超えてるじゃないの!!!!!」
ただの眷属にするつもりで血を与えたニルは、自分より眷属が強くなってしまった理不尽へと叫ばずにはいられなかった。
「まぁどうなったかより、なにをするか……じゃないか? お偉い真祖の吸血鬼様のことだ、何か高明で人の身ではあまる程の何かをやらかしてくれるんだろう?」
不敵に笑うタケルの顔を見て、ニルは嘆息を一つ。その後で笑みを浮かべてみせた。
「……ええ。私がやることは決まっているわ。この長く……永い命、この時代を生きるものとして、極めねばならないものがあるわ」
そう言って引き出しからあるものを取り出す。
「スマ⚪︎ラSP……やるわよ!!!!!(くそでか声」
「イエスマイロード!!!!!!!!!(マイコントローラーを取り出しながら」
その後、夜は老ける。
「プロス⚪︎ブラーになるために今から100時間耐久ガノン⚪︎ロフミラーやるわよ!」
「俺のメインで挑んでくるとは、身の程を知れマイロード!!!」
などと言った二体の吸血鬼の声が響く夜は、何事もなく平和に過ぎ去っていった。
それからと言うもの、ひたすらスマ⚪︎ラをしたり、日の登る時間から暗くなるまで二人で惰眠を貪るなど、人間でいうところのニート生活を体験しながら一周間が経過した。
一週間。過ぎるにはあっという間だが、数えるには長い時間。いつも通りの自堕落な生活の中、タケルはおもむろにゲーム用ソファーから立ち上がった。
「さて、そろそろ……」
タケルがそう言った瞬間、ニルはびくりと身体を震わせた。
「え? 風呂にでも入ろうと思ったんだが……どうした?」
「待って! もう少しゲームしましょ?!」
抱きつきながら、ニルは懇願する。
「ええ、でも流石に一週間風呂入らないのはきついよ……それにそんなにくっついたら臭くない?」
「大丈夫! クンカクンカ、ほら変な匂いなんてしない! もっとスマ⚪︎ラしましょう? 違うゲームでもいいわ、ストフ⚪︎イでもアーマード⚪︎アでもなんでもできるから……だから」
「いや、風呂入るだけだって。どこにもいかな──」
「我が眷属よ、この部屋から出ることを禁ずる!!」
吸血鬼らしく赤い瞳を輝かせ、魔力を込めた言葉をタケルに送る。
──しかし。
「悪いな、おまえの魔法は効かない」
「なんで……? 私の血を与えた眷属なら、私の命令には逆らえないはずなのに」
「答えは簡単だ。銃弾ですら傷つかない俺の肉体だ。おまえの牙は食い込みはしたが、血管にまで到達していなかったんだよ」
「なんで……」
思いもよらない言葉に、ニルは頭が回らないままに一つの問いを投げかける。
「じゃあ、なんで一緒にいてくれたの……?」
タケルは嘆息を一つ、自身の立場を告げる。
「俺は暗黒怪異管理・執行協会の人間だ」
「怪異……執行……!?」
暗黒怪異管理・執行協会──それはニルたち吸血鬼を含む、ほとんどの怪異の耳に入る存在だった。
彼らの仕事は現存する怪異たちの行動を見張ること。そして、人類に悪影響ある怪異がいれば名の通り──執行すること。
「ひどい……せっかくずっと一緒に遊べる友達ができたと思ったのに! ひどい、ひどい!!!」
ニルは叫ぶように酷いと連呼する。
そんなニルへと、タケルは歩み寄る。
「束縛!《バインド》 魅了! なんで、なんで効かないの!?」
数多の魔法をタケルに向けるも、タケルはその全てをねじ伏せてニルに向かって歩みを進める。
「なんで……なんでよ……。貴方のこと、好きになっていたのに……酷いわ」
ニルは瞳を滲ませながら、消え入りそうな声で呟いた。
あぁきっと私を消すためにタケルはここへ来たのだろう……いままで一緒にいたのは、死ぬ前の最後の時間を与えてくれたのだろう……そんな想像を働かせ、ニルは目から涙を溢した。
「暗黒怪異管理・執行協会……その暗黒の意味がわかるか、ニル」
目の前に迫るタケルのその目は血走っていた。恨み、怒り、憎しみ、悲しみ……ありとあらゆる感情をその瞳と表情に宿らせ、タケルは口を開いた。
「──ブラック企業の暗黒だよおおおおおお!!!!!」
「……………………はい? ( ͡° ͜ʖ ͡°)」
思考が追いついかないニルを他所に、タケルは捲し立てる。
「最後の休日がいつかわかるか!? 一年前だぞ!? 好きなゲームすらできない日々! 移動中にスマホで音ゲーをやっていたら会社から電話がかかってくる、その恨みがおまえにわかるか!?」
「えっと……」
「感謝してるぞニル! おまえのおかげでこれからずっと休日だ!!!」
「あ、はい」
もうよくわからなかった。
「よっしゃニル、離れたくないっていうなら一緒に風呂入るぞ! この後プ⚪︎ン下B縛りで耐久1000時間スマブラだ!! いやっほおおおお!! この休暇は誰にも邪魔させないぜええええ!!!!」
「ええええええええええ!!??」
ニルを脇に抱え、勢いよく風呂場へ向かうタケル。その瞳は自身を使い潰そうとする企業への恨み、そして解放された今と未来への希望から輝いていた。
きっとこれから、いままで辛かった分以上に楽しい毎日が続いていくのだろう。タケルはそう確信を持ち、これからの未来へと胸を躍らせていた。
〜Fin〜
ちなみに。上司がタケルを連れ戻しにくるまで、あと1日。
〜今度こそ本当にFin〜
とある作業前のアップがてら書きました。