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今、幸せですか?  作者: たかおみきよ
3/3

#2

-------------------

▼シオンの目線

-------------------

ベッドで横たわっていると、不覚にも私はユウの腕枕の中でウトウトしてしまった。

コイツに心なんて許したはずはないのに。


でも眠そうな私なんてお構いなしに、今日もユウは話しかけてくる。


「シオン、もしかして寝てないの?」

「…うん」

「先に帰ったくせに、何してたんだよ。他の男と遊んでたとか?」

「違うよ。考えごと」

「はっ?何を?」


私は、このまま寝たふりしようかと思った。

だって、コイツに話す必要があることかな?




「……幸せについて」


“…パタン……”




私はユウをおいて、寝室を後にした。


昼のまぶしすぎる日差しに照らされるリビングのソファーに寝転び、再びブランケットにくるまって眠りにつこうとしたけど、やっぱり気になって眠れなかった。


「変な子」


私が見上げるスマホに映るのは、昨日のファンが追加で送ってきた長文のDM。

正直、いつもならこういうファンからのDM、うざいのよね。



…でもね。

今日のDMは、なんだか嬉しいの。

きっと私、気持ち悪いくらいニヤけていたと思う。


【スマホ画面】

シオンさんは、私の憧れなんです。

だから、あなたがなぜ、幸せかどうかわからないなんて言うのか、その理由を教えてくれませんか?


その前に、少し私のことを話します。

私は、26歳でデパートのアクセサリー店員をしています。


字面だけみると、一見華やかな肩書に見えるでしょう?

でも実際には、毎日同じようなことの繰り返しなんです。


それに仕事で、彼女へのプレゼントを選ぶ彼氏さんにアドバイスをすることもあるんですけど……


私、彼氏なんていないから、そのアドバイスが正しいかなんてわかりません。

あっ、彼氏がいたことはありますよ?

でも、現役じゃない私が、「彼女さん、喜びますよ~」なんていうと、だいぶ安っぽくないですか?それでも毎日、その仕事をこなしてます。


幸せそうなカップルが、ペアリングを選びに来ることもあります。

でも、それを見て私も幸せな気持ちになる…なんてキレイごと、私は言えないんです。


別に不幸ではないのに、幸せそうな人を見て、微笑ましく思えない私って、幸せにはなれないなぁ…なんて思ったりして。


すみません、長々と。


シオンさんは、彼氏いますか?

あっ、答えられないことだったらすみません。忘れてください!


結局何が言いたいかっていうと、シオンさんも幸せかわからないって聞いて、少しほっとしたような…心配のような…


何か悩みがあるなら、私でよければ聞きたいなって。

ただのファンの分際で、図々しいですよね。


すみません。

これからも応援してます。


-------------------

▼楓の目線

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(さっ!読むぞー!!)


待ちに待った休憩時間。

デパートの地下にある食堂でいつものように食べるランチだけど、今日は最高の前菜がある。


シオンからきた、DMの返信。


【スマホ画面】

『はじめまして。DMありがとうございます。

本音で話してくれて、ありがとう。

私も、少し本音で話すね。


私は、私の日常が楽しいとか、幸せだなんて思うことはありません。

ただ毎日、同じような日常を過ごしているだけ。

あなたと同じでしょ?


彼氏もいません。

大事な人もいません。

でも、友達はたくさんいます。

困っていることもありません。


だからこれが幸せなのか、私にはわかりません。

あなたと同じで、別に不幸なわけじゃないの。


私とあなた、歳も同じだし、何も変わらないんじゃないかな?』



私はまた少しほっとしたけど、また返信に悩んでしまった。

そっとスマホをしまい、ランチに集中しよう。


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▼シオンの目線

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お気に入りのコーヒーを入れて、ソファーに座りながらスマホを見つめる。

そんな静かな朝を過ごしていたから、ユウが隣に来ていたことにも気づかなかった。


「ねーねー。なんでずっとスマホ見てんの?

やっぱ男だろ?嫉妬しちゃうなー」


「違うってば…それに」


私の膝に頭を乗せて抱き着いてくるユウを避けるように、私は立ち上がった。


「相手が男だとしても、嫉妬するような関係じゃないでしょ?私たち」

おかわりのコーヒーを取りに向かうけど、ユウの分のコーヒーを入れるつもりなんて全然ない。


「寂しいこというじゃーん」


だってあんた、コーヒー嫌いでしょ?

私のことは……どう思っているの?


モヤモヤしていると、ユウはのこのこ私の後ろをついてきて、頬に優しくキスをする。


「シオンが一番好きだよ」

私は表情も変えず、ただコーヒーをカップに注いだ。


(一番って……何人いるのよ)


コーヒーを飲みながら、私はさっきのファンの子にDMを送った。


【スマホ画面】

『ねー。会ってみない?』



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▼楓の目線

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仕事帰りに電車から見える、夕暮れ時の河原はとてもキレイだ。

今日はもっとキレイに見える。


だって……シオンからDMが来たの!


『会ってみない?』って!!


どう返せばいいかわからなくて、返信を後回しにしてたんだけど……

仕事終わりにスマホを開いたら、シオンからさらにDMが届いてたんだ。


(シオンと会えるの!?どうしよう!!)

そんなことを考えながら、私はいつもの駅に降り立った。

代わり映えのしない、地元の駅。


「おい!楓!」

いても驚かない、幼馴染のルカまでいた。

どんだけ代わり映えしないの。


「ルカ!今日仕事は?」

「休み」

「美容師って、暇人なんだね」

「ちげーよ。これから千秋と飲み行くの」

「えー。いいなー」

「ん?行く?」

「いや、いいや。今日は満腹だから」

「何食ったんだよ(笑)」


去り際に、満面の笑顔でこう言ってやったよ

「小さな幸せを少々」


不思議そうに私を見つめるルカに手を振りながら、私は家路を急いだ。


「ちーちゃんによろしく!」


-------------------

▼ルカの目線

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「えー!楓に会いたかったなー」

そう言って千秋は、頬を膨らませた。


「お前ら、週1で遊んでんだろ?」

「足りないよー。私達、親友だもん」

「はいはい」


飽きるほど聞いたそのフレーズに、俺は呆れながら、いつもの店へと足を向けた。


「妬くなよ♡ルカも親友だよ♡」

「くっつくなよ!!」


…またか…千秋はいっつも腕を組みたがる。


「また勘違いされるだろ!!」


その時、“彼女”とすれ違ったんだ。

自然と目で追いたくなるような、寂しい顔をする彼女に。


「ねー、あれってインフルエンサーのシオンだよね?顔小さー」

「そうなの?全然知らね」

「ルカってば!美容師なんだから、トレンドくらい押さえときなさいよー」

「お客さん覚えるので精一杯だわ」


長い髪をなびかせながら、彼女は颯爽と夜の街に消えていった。


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▼楓の目線

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結局シオンとはなかなか休みが合わず、会えるのはまだ先になりそう。

シオンも仕事は昼間が多いっていうから、私は仕事帰りの夜に会おうって言ったんだけど、シオンは昼がいいんだって。なんでだろう。


残念だけど、シオンが『必ず会おうね』って言ってくれたから、すっごく嬉しかった。


でもあの後2週間も経つけど、結局一度もDMしてないな。

ただの社交辞令だったのかも。


そんなことを考えながら、今日もいつも通り、アクセサリー売り場に立っていた。


「すみませーん。プレゼントなんですけど…」

「はい…あっ」


…ねぇ、奇跡ってこんなに何度もある?

偶然?いや、奇跡って言葉が絶対ふさわしい。


だってお客さんとして目の前にいるのは、またユウ先輩だったんだから!!


「???」

「!!

すみません、ジロジロと!」


不思議そうに首をかしげて、笑顔でこちらを見つめているユウ先輩。


「あの……先日、駅のホームで助けていただいて」

「あー!あった…っけ?そんなこと!覚えてないけど(笑)」


(ユウ先輩…やっぱり私のことなんて覚えてないよね…

そもそも名前も知らないだろうし)


そんな私の想いに気づくわけもなく、ユウ先輩は話続けた。


「でね?プレゼントなんだけど、今人気なのってどれかな?」

「あっ!それでしたら…」


いつも通りの接客。

「彼女ですか?」

「ははは」


照れながらはぐらかしたけど、きっと彼女だよね。

だって、うちのお店の中でも、高価でおしゃれなネックレスだよ?

これをものの5分で選ぶんだもん。

きっと大事な人へのプレゼントに違いない。


プレゼントのリボンを結びながら、私はいつも以上に、これを貰う彼女が羨ましく感じた。


「お買い上げ、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


プレゼントの入った紙袋を手渡すと同時に、ユウ先輩は私の名札を覗き込んだ。


「カエデ…ちゃん?」

「は…はい」


「また選んでね、楓ちゃん!」

ユウ先輩は手を振りながら、満面の笑みでお店を去っていった。


(まるで初対面…か…)

(まーそんなもんよね。だって、高校時代の私なんて……)



~~~~~~~

通学路の河原に桜が満開の日、私は高校を卒業した。

制服のスカートは、お手本のような長さ。

冴えないメガネとそばかす。

「昭和か!」ってツッコミたくなるような三つ編み。



“ポンッ!!”


卒業式だっていうのに、一人でトボトボ歩いていたら、後ろからルカが卒業証書の筒で頭を叩いてきた。


「いったぁ~~~~!何すんのよ、ルカっ!」

「卒業なのに、そんな冴えない顔してんのー?」


振り返ると、そこにいたのはイタズラに笑うルカとちーちゃん。

私の唯一の親友だ。


「さっ、大学デビューに向けて大変身よ」

「未来のカリスマ美容師に任せとけー!」

「えっ、あ、ちょ…!?」


ちーちゃんは私の腕を強引に引き、その前を嬉しそうにルカが歩いていた。


ちーちゃんの部屋に着くと、あれよあれよという間に、準備が進む。


メガネをはずされ

きつく結ばれた三つ編みをほどき

顔をコットンで拭かれた


「千秋、メイクはばっちり決めてくれよ!」

「わかってるよ。ルカも、髪巻くのしくじんなよ」


そういいながら、ちーちゃんは私の肌に優しくファンデーションを乗せる。

ルカは手際よくブラシで髪をとかしたと思ったら、コテで髪を巻き始めた。


そして、2人の手際の良さに唖然とする私。

あの時、何が起こっているのか本当に理解が追い付かなかった。


私が手にしたこともない、鮮やかなリップを私の唇に乗せると、鏡に映ったのは見たことのない女の子。

…ではなく、紛れもなく私なんだけど、私じゃないくらい輝いて見えた。


「ちーちゃんの服……大きい」

「仕方ないでしょ?モデル体系なんだからー」

ちーちゃんのワンピースに着替えて向かったのは、謝恩会の会場。


「ねー。私、派手じゃない?」

「これまでが地味すぎたんだよ」

「うちの学校であんだけ地味なんて、逆に目立ってたもんねー」


ちーちゃんとルカの足取りは、かなり軽かったけど、私は見慣れない自分への動揺が隠せなかった。


「謝恩会でみんなをびっくりさせようぜ」

「……はずかしいなー」


往生際悪く、私がウジウジしていると、ちーちゃんが耳打ちしてきたんだ

「謝恩会って、OBも来るんだって」

「えっ?」


その言葉に私が頬を赤らめていると、ちーちゃんはイタズラな笑みを浮かべて、ルカに抱き着いた

「ねぇルカ!ユウ先輩こないの?」

「来るんじゃない?軽音は毎年OB勢揃いでライブするし」


私は頬だけじゃなく、全身が熱くなったように感じた。

だって……2年前に卒業したユウ先輩ともう一度会えるなんて思わなかったから……




でもね。

謝恩会が始まり、軽音OBのライブが始まっても、ユウ先輩の姿は見えなかった。


~~~~~~

っていう、私の甘酸っぱい青春の思い出!


(あの時のメイクと髪型くらいバッチリ決まってれば、もっと自分に自信持てるのになー)


仕事を終えてショーウィンドウに映る疲れ切った私の姿を見ると、やっぱり溜息しかでない。

「あー。今日もお疲れですね?」

そりゃ独り言も言いたくなるよ。


この気持ちを少しでも晴らそうと、私はお気に入りのコーヒーを買いに行った。




そしたら!

偶然?奇跡パート3!!




「あれー?楓ちゃん?」




お店の前で遭遇したのは、ユウ先輩。

高校時代のことを思い出してたから、妙にユウ先輩を意識して、急いで髪を整えるなんてベタなことしちゃったよ(汗)


「今帰り?」

「はい!ちょっとコーヒーでも飲もうかなって」

「ちょうどいいじゃん!一緒にお茶しようよ」

「えっ?…プレゼント…渡しに行かなくていいんですか?」

「いーのいーの。友達のプレゼントだから、いつでも渡せるし!」


そんなことを言いながら、ユウ先輩の手が私の肩に触れる。

「それより、今日ここで楓ちゃんに会えたことのがすごくない?」


先輩……近いです!!


「もう一度会いたいなって思ってたから」




夢のような時間だなぁって思った。

先輩は私が昔から思っていたことなんて、知らないだろうけど。

それでも今こうして、この人と向かい合って話せる女になれたことを、ちょっぴり誇らしく思った。


「ストロベリースムージー!トールで!」

見た目の大人っぽさとは裏腹に、イチゴとミルクの甘い飲み物を頼むユウ先輩……可愛すぎる。


私が頼んだコーヒーと、甘いスムージーの香りに包まれながら、私たちは30分くらい楽しい時間を過ごした。



何を話したか?

そんなの覚えてるわけない。

時間も忘れるくらい、幸せすぎる時がただ過ぎていった。




「あっ、私そろそろ行かないと」

「えー!もっと遊びたかったのに…」

「すみません…友達との待ち合わせの時間があって……」

「そっかぁ…」


先輩…?その名残惜しそうな顔は、社交辞令ですか?

本気にしちゃって、いいんですか?


「わかった!じゃあ、連絡先教えて。また会おうよ」


ユウ先輩の思いがけない言葉に浮足立ちながら、私はスマホを取り出した。


「じゃ!またね、楓ちゃん」

「はい…また……」


そういって私が立ち去ろうとすると、引き戻すようにユウ先輩が抱きしめてくれた。

私は唖然としながらも、そのぬくもりに浸って…

ないよ?10秒くらいで身体が離れて


「ハグ!!また会おうねのハグ!」

そういってもう一度、私たちは軽くハグをした。




~~~~~

ユウ先輩に手を振り、私は足早に駅へと向かった。

駅前広場には、ハイウエストのパンツにおへそが見えるようなトップスを着こなし、キレイに巻いた長い髪をなびかせる、ちーちゃんが立っていた。


「待たせちゃってごめんねー」

そう叫びながら、私は思わずちーちゃんに抱き着いた。


「ん!?楓?」

「ちーちゃん…」

ちーちゃんを抱きしめる手が、思わず強くなる。


行きつけのイタリアンレストランでメニューを選ぶちーちゃんに、私はマシンガンで事の経緯を話した。


料理を待っている間、ちーちゃんはずっとニヤニヤしながら……


「まさかユウ先輩と再会するとはねー」

「でも、私のこと覚えてないんだよー」

「そりゃね。

あんた、まともに話したことないでしょ?」

「毎朝、挨拶はしてくれたもーん」


かわいくもないのに、頬を膨らませてそういう私を見ながら、ちーちゃんはプッと吹きだした。


「まっ、じっと見てくる子いたら挨拶くらいするわ」


「ストーカーみたいに言わないでよ!

ねぇ、これって運命かなー♡」


夢見る私を、ちーちゃんは現実に引き戻す。




「アホくさっ」


ちーちゃんがトイレに行っている間、嬉しさがこみあげてきた私は、たまらずシオンにDMを送った。


【スマホ画面】

シオン『なにそれー!運命の再会じゃん』


楓『ですよね?友達には笑われたんですけど、私は本気で運命かなって思ったり(笑)』


シオン『実は高校時代から憧れてました、って言ってみたら?♡』


楓『えー!なんか気持ち悪がられないですかね(汗)』


-------------------

▼シオンの目線

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「かわいっ」

私は楓からのメッセージを見て、思わず笑みがこぼれたまま、美容院のドアを開けた


“カランッ……”


「いらっしゃいませ。ご予約のお名前は…?」

「七瀬です。」

苗字をいったのなんて、久しぶり。

だって、病院くらいしか呼ばれないし。

いつもの美容院だって、当たり前のように「シオン」って呼ぶから、危うく忘れそうになるよ。


そんなことを考えながら、席に案内される。


「初めてのご来店ですよね?僕は…」

「閉店間際なんでしょ?早くセットして。」


爽やかイケメン風の若い美容師が自己紹介を終える前に、私は彼に忠告をした。

鏡には、唖然とする彼の表情が映る。

ヘアセットだけの新規の客よ?

もう二度とこないのに……


それでも彼は、笑顔を取り戻した。

「大丈夫ですよ?

うちのお店、21時までやってるのがウリなんで」


時計の針は、19時45分…

たしかにまだ少し時間はあるけどさ……

私はすかさず振り向き、忠告を強める。


「前の美容師はね、しつこくナンパしてきたの。

アンタは余計なことしないでよね?」


引くかと思いきや、この美容師ったら、まっすぐ私を見て、笑顔で……

香月かづき 琉海るかです!よろしくお願いします!」


拍子抜けして、私が一瞬キョトンとしちゃったじゃない。


挨拶はそこまで。

髪型の希望を端的に伝えたら、沈黙の中、彼は淡々と仕事を進めた。


「あっ!!」

静けさのなかで、急に手を止めて、大きな声を出すから思わずビクッとしちゃったじゃない!なんなのこの人、調子狂うわ!!


「な、何よ?」

「いや、間違ってたら申し訳ないんですが、インフルエンサーさんですか?」

子犬みたいに目を輝かせて、わくわくしている美容師。

(……私、こういう犬系男子苦手だわ…)


「…そうだけど?」

「やっぱりー?どこかで見たことあるなーと思ったら!

僕、こないだ七瀬さんとすれ違ったんですよー!」


(……やっぱりコイツもチャラいのか。)

そう思う気持ちが、きっと彼を睨む瞳で物語っていたと思う。


「あっ!すみません…ナンパじゃないです!

……黙ります。」




「まーいいわよ」


急にしおらしくなる彼を見てたら、どうでもよくなっちゃった。




……って、また目を輝かせて、ルンルンとしているじゃない!

切り替えはや!

少しは落ち込め!


「いやー僕こんな仕事してるのに、インフルエンサーさんとか全然知らなくてすみません」


「……」


「でもインフルエンサーさんの髪をセットさせていただけるなんて、光栄だなー!」


「……」


「…あのー、七瀬さん?」

「何?」


雑誌を読んだふりをして無視を決め込んでいた私は、再び彼の顔を鏡越しに見て息を飲んだ。

「もっと七瀬さんのこと、知りたいです」

「えっ?」


今度は捨てられた子犬の目なの⁉

やっぱり、調子狂う……


「僕ね、昔、大事な友達のヘアアレンジしたんですよ。

メイク好きな友達と計画して!


見た目に悩んでる彼女をどうしてもサポートしたくて」


私は再び雑誌を見るふりで無視してるっていうのに、彼は構わず話し続けた。


「彼女、すっごい喜んでくれて!!

でもそれって、彼女の悩みとか好きなことをよく知ってたから成功できたんだと思うんです」



「……何が言いたいの?」

あまりにしつこく話しかけてくるから、思わず聞いちゃったじゃない。


「僕はお客さんのなりたいキレイを実現するために、お客さんのことをたっくさん知りたいんです!だから教えてください、七瀬さんのこと」


その言葉のあと、鏡越しに映るのは…

笑顔の美容師

ぽかーんと口を開けた、バカ面の私。


「えっ…あっ!わっ!

すっげぇナンパみたい!!

すみませんホント!」


そうやって焦る彼を見て、私、思わず吹き出しちゃったの。

「……あんた、変な人ね。」

ヘアスタイルの出来もかなりイケてる。

やるじゃん、この変な子。


時計は、21時10分。


「すみません。少し遅くなっちゃって……

お時間、大丈夫ですか?」


お会計を済ませて、帰ろうとしていると……

「もしよろしければ、ぜひまたご指名ください!」

そう言って名刺を手渡してきた。


「またお待ちしております」

「…」


そのまま美容院を出ようかと思ったけど、今日はなんか気分がいい。


「次は、カットとカラーをお願い。カヅキ ルカさん」


お店を出てから、私は楓にメッセージを送った。




『私も今日、ちょっと面白い人と知り合った。

もっと知りたくなる人。』



~~~~~

そんな余韻に浸る間もなく、パーティー会場に到着。

盛大なクラッカーで友人たちが迎えてくれる。

誕生日にこんなにたくさんの友人が集まってくれるなんて、ありがたい話だよね。


26歳か……私はこの先、どうなりたいんだろ……


パーティーが始まって30分くらい経ったかな?

みんなで飲んでたら、見覚えのある靴が近づいてきた。


「シオン、お誕生日おめでとう」

大きな花束を持って、私を抱きしめるユウ。


……遅れてきたお詫びの言葉とかないのかよ。


それでも私は、ユウを強く抱きしめ返しちゃうんだよね。


「ありがとう、ユウ」


~~~~~

開けてもいないリボンのついたプレゼントの箱を横目に、私とユウは激しくキスをする。でもね、こんなの意味がないと思わない?


「シャワーしてくるね。一緒に入る?」

「…いや、私は後でいいよ」


部屋を出ていくユウの背中を見つめることなく、私はまた楓にメッセージを送った。


【スマホ画面】

シオン『あの人は、愛のないプレゼントで誤魔化したりしないんだろうな』


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