忘れるの大事、けどやっぱり怖い。
ふわりと何かが体にぴたりとくっつき、甘いバニラの香りに意識が覚醒する。
「……ここ、は…。」
見慣れた花柄の天井。
朝日がベッド全体を照らし、目を細める。
この朝日が眩しいと目覚まし代わりにしていた半年前が凄く懐かしく感じる。今では朝日が眩しくてもぐっすり寝られるようになった。
半年しか生活していない私は、日本よりもこの世界の方が馴染んでいるように感じる。
ぎゅーっと、右半身の温もりに左手でふわふわピンクの髪の毛をぐしゃぐしゃと撫でる。
もしニイナに出会っていなければ、もし他の場所に落ちていたら、もしパンケーキを焼くことができなかったら、こんな幸せを感じることはできなかっただろう。
「…ん、くるみ…ん、起きた?」
「うん、起きたよ。ニイナ、おはよ…うわっ!」
ニイナは抱き付いていた体勢から勢いよく起き上がり、寝たままの私に上から覆い被さる。
え、え、えっ、何!?
「ごめんなさいぃぃぃーっ!!ニイナが渡したイヤーカフの魔石が魔力切れしてたの気付かなくてっ、グスッ、もう少し遅かったら危なかったって、ルドるんが血塗れで、ズピッ、くるみんは気を失っちゃってるしっ!ズズッ、怖い思いさせちゃって…、ごめんなさいっ!」
あぁー、やっぱりあの出来事は夢じゃなかったんだ。
いつものパジャマで、ニイナに借りている部屋のベッドで目が覚めたからてっきり悪い夢を見たのかと思った。
17年間、あんな日常ではあり得ない出来事過ぎて脳が追いつかなかったらしい。
「ニイナ、大丈夫だよ?ルドさんが助けてくれたし、そりゃあ、びっくりしすぎてちびりそうになったけど…。生きてるから大丈夫。でも、体は痛いから今日もニイナにお店お願いしたい、かな?」
「うん、うん、大丈夫。ニイナ頑張ってパンケーキ焼くよっ。」
「……それはダメ。」
パンケーキは私がこっちの世界に来てる時にしか販売していない。ニイナは全く料理ができないため、私がいない日は紅茶のみで営業している。私が作り置きしてるクッキーはサービスで紅茶とセットで出してもらっている。
今日パンケーキを目的でいらっしゃるお客様には申し訳ないが、休ませて貰おう。
私のパジャマが涙と鼻水でびちゃびちゃのぐちゃぐちゃになる頃にはニイナの可愛らしいクリクリのお目々はぱんぱんに腫れ、漸く泣き止んだ。
鼻を啜り、謝り続けるニイナを部屋から追い出してベッドへ飛び込む。
「そっかぁ、これが現実かぁ…。」
現実だと自覚したら、なんだか身体中が火照ってきたように感じる。
これ、熱出てるなぁ。
動くのも億劫で、うつ伏せの状態で目を閉じるとニイナがパタパタと動いてる音が聞こえた。
今更思い出してで震えるなんて。
あれが現実だって!?いやいや、怖いっ、怖すぎるっ!なんなのあの怪物っ、もう森にいかないっ!あ、でも、新鮮な果物が…、いや、行かない、いや、行くっ!うぅぅー。
目を閉じれば脳裏に浮かぶのは真っ赤なギラギラした瞳。
ブルッと震え、はぁぁぁーっ、と長い溜息を吐く。
叫びたい、このモヤモヤした気持ちを全て吐き出したい。だけど、叫んでしまったらニイナに聞こえて今以上に責任を感じてしまう。
ーー大丈夫。
私は我慢できる子、我慢できる子。
今までそうして来たじゃない。
大丈夫。
でも、体がだるくてしょうがないから、ひとまず寝よう。
歯を食いしばり、目を閉じる。
大丈夫、今流れている涙はそのうち乾くから大丈夫。誰にも見られないから大丈夫。
いつも通り、リセットしようーー。




