冷血公爵は紳士
アルとミリアの夫婦には2人の子が居る。長子のアイラ、末のアルス。アイラはお転婆盛りの4才でミリアに似て容姿は生まれながらのアイドル。アルスは0才でホッペがぷにぷにの赤ちゃんである。
「ミリア」
「はい」
「ミリアの様子はどうだ?」
「最近は花の冠を作るのにハマっててアル様にプレゼントするんだと意気込んでいましたよ」
「そうか...。アルスは?」
「はい、母乳を沢山飲んで頑張って大きくなってます。アル様の様な立派な武人となりましょう」
「...いつもありがとう」
「滅相もありません。家を守るのが妻の勤めですから」
この夫婦には長年連れ添った様な以心伝心の様な空気が漂う。
「また戦でございますか?」
「ああ。また国境付近でゼウスの勇者が悪事を働いているらしい」
アルはカップに入ったコーヒーを一口啜ると。
「賊は根絶やしにせねば」
苛烈な男は静かに闘志を燃やした。
「お気をつけて下さいませ。アイラとアルスと共にお帰りをお待ちしております」
「うむ」
「パパー。またお出かけしちゃうの?」
アイラがアルに駆け寄る。
「アイラ!淑女たるもの...」
ミリアが叱るのを遮り。
「パパだって寂しーよー。でもお仕事だから出来るだけ早く帰ってくるから、帰って来たら遊ぼうねー」
「ねー」
「アル様!あまりアイラを甘やかさないで下さい」
「すまない...」
アルは戦準備を済ませ家を出る間際にアルスへと会いに行く。
ぷにぷにぷにぷに
アルは息子のホッペを無言で撫でくり回し、満足すると出立した。アル率いる騎士団はオーディン内外で獅子鷹騎士団として名を博していた。彼等の名を世に知らしめたのは先の大戦、魔獣の大活性だ。魔獣が溢れオーディン帝国の領地を20%も焦土と化した大事件。それをたった一つの騎士団が平定し、飢えに苦しむ領民を助けて回った逸話は現代の英雄譚として語られる程だ。帝国領内では獅子鷹の紋章を付けているだけで尊敬され、手厚く歓迎される。一時期獅子鷹詐欺と言うのが流行り、獅子鷹団員になりすまし一宿一飯を受けると言うものであった。
「隊長」
「サージェ副団長、どうかしたか?」
「はい。伏兵の気配がします」
サージェは獣人の為、察知能力に長け生存本能が優れている。彼が居る獅子鷹騎士団は一度たりとも奇襲を受けた事が無い。常勝不敗である所為の一端は、彼の功績と言っても過言では無い。
「駆逐しろ」
「はっ。4番隊と6番隊はついて来て、あとはアル様を宜しく」
サージェは100の騎士を引き連れ、先行し本隊の露払いをした。
「偵察が戻って参りました」
サージェはアルに報告する。
「今回の賊は勇者一人と兵士35名で構成されております。パルク村を占領し好き放題しているようです」
「被害は?」
「村人に数名死傷者が出ており...」
「何だ?」
「婦女子に狼藉を働いている様子が」
パキッ
サージェの報告にアルが反応しコップを割ってしまった。いつも無遠慮なサージェが緊張する。アルは紳士である。かつての戦で掠奪行為を是とせず、帝国の小隊を一つ二つその場の軍法会議にて粛清した事もある。要は女性や子どもを傷つける輩を許さないのだ。
「我が帝国民に手を出した事を後悔させてやる」
パルク村にて
「ぎゃははは」
「勇者様様だな。こんな良い思い出来るなんて」
「おい勇者様は?」
「あっちの部屋でお楽しみ中さ」
「そろそろゼウスに帰った方が良くないか?」
「腹一杯になったら他にやる事あんだろーが、娘呼んで来い」
「娘だけはご勘弁を」
「うるせー、さっさとしないと親子共々殺すぞ」
「だけどよー。ここは帝国領だぞ、あの勇者殺しが来るかもしれねーし」
「勇者殺しか冷血公爵か知らねーけど鼻くそだろ。心配すんなって、早く連れて来いよ殺す」
「誰が誰を殺すのかな?」
先程まで息巻いていたゼウス兵の口を塞ぎ、首に白刃を突き立てたサージェが質問する。
「お前!何処から」
「もうこの村全体を包囲してるから逃げられないよ。投降か死ぬか選んでね」
ガシャガシャ
ゼウス兵は戦わずして獅子鷹騎士団に降った。
「やめてください」
バシ
「黙れ。直ぐ終わるからよ、こっちだと女をタダで抱けんだから最高だぜ」
女性に馬乗りになる人間失格勇者。
キィ
「あんだよ!?入って来んじゃねー...、誰だ手前ぇ?」
薄暗い闇の中、浮き出るように姿を現したのはアルだった。
「ふざけ」
人間失格勇者が置いてあった剣を取ろうとした時には、アルの剣が人間失格勇者の心臓を貫き、鮮血が部屋に飛び散った。
「大丈夫か?」
アルが女性に手を差し伸べるも。
「ひぃ」
返り血を浴びた殺戮者に恐怖する女性。
「隊長、怖がってますよ」
ニコニコしたサージェが部屋に入って来た。
「後は頼む」
アルは血だらけの剣をマントで拭うと退室した。