冷血公爵の微笑
大陸に名を轟かす武人。その者が通った後には草木は一本も残らず、死屍累々が転がるのみ。
ある者は彼の者を殺戮者と呼び、またある者は冷血公爵と評した。
「アル公爵」
「はっ」
「よくぞ、我が帝国の民を守ってくれた」
皇帝に労われている、黒髪の騎士。
「またアル公爵様が、隣国のゼウス国から村々をお救いしたそうだ」
「なんと心強い。公爵様が居れば敵国に負けまい」
「今回もゼウス国の将兵を撫で斬りにしたそうな」
「武勇もさることながら、あの佇まいよ」
「我々武人の模範である」
黒髪の騎士は若くして将の位に昇り詰めた。血筋もあるが、それ以上に彼の戦歴が輝かしく、血に染まっていた事が大きく関係していた。
「しかし、公爵家ともあろう方が下賤な没落騎士家の」
「しっ!滅多な事を言うな。公爵様の耳に入ってみろ、消されるぞ」
聞こえる筈の無い距離と声量だが、失言した貴族はアル公爵と目が合い、血の気が引く。
アルは寡黙だ。挨拶は返すが、貴族特有の馴れ合いを好まない。戦働きと寡黙さが合い重なって、味方からも畏怖される存在となっていた。彼は命をかけて付き従う屈強な騎士団を持つ。綺麗に手入れされた具足に、一人一人の所作が威風を
纏う。
「アル様〜」
そんなゴリゴリの体育会系の騎士団の中で1人、異彩を放つ者が居る。見た目は可愛らしい獣人の美少年だ。
「アル様!さっきあちらの方で見つけました」
獣人美少年の騎士が可愛い木彫りのフクロウをアルに見せた。
「...サージェ副団長。今は公務中だ」
アルはサージェ副団長に冷たく言う。サージェ副団長はシュンと耳を下ろし、寂しそうに木彫りのフクロウを見つめた。
「しかし見事な彫刻だ、妻への土産にするとしよう」
アルの一言にサージェの表情はパァっと明るくなった。夕陽が地平線に沈む頃、アルは居城へと戻っていた。首都であるオーディンから3里程離れた領地は良く肥え、外敵からの侵入を許さないアルのお陰で、アルが家督を継いでからのここ10年、領民の餓死者や農奴落ちは1例も無い。アル公爵の噂は良いものが少ないが、領民にとっては彼こそ救世主と言っても過言ではない存在だった。故に家臣はアルの為には命を投げ出し、民は皇帝ではなく冷血公爵に忠誠を誓う。
「おつかれ様でした」
アルを出迎えたのはミリア。彼女はアルの妻である。
「ただいま」
無口なアルを笑顔で出迎えるミリアは憂いのある慎ましやかな淑女と言う感じでは無い。
「今日はアル様の好きなハンバーグを作りました」
「そうか」
大貴族の公爵夫人が使用人に作らせず、自分で作るのは極めて稀な話であり、余り良い噂の種にはならないものだが、当の本人達は全く気にしていなかった。
「熱々ですな!」
「よっ!オシドリ夫婦」
またアルの忠実なる騎士達もからかいこそすれ、ミリアを悪く言う者は一人も居ない。アル同様に等しくミリアを尊敬しているからだ。ミリアは没落騎士の娘で長女であった。彼女には二人の妹と一人の弟が居る。元はオーディンの騎士家系であるが、主人である父親が戦死すると直ぐに生活は困窮し、平民よりも苦しい家計となった。その原因は継母であるが、彼女のお陰で二人の妹と弟は飢えずに学校へと通えている。
「もう!からかってると俸禄減らすわよ」
笑顔のミリアの覇気に当てられ、負け知らずの屈強な騎士達が、恐れ慄き蜘蛛の子を散らして退散した。
「.....」
アルは黙って木彫りのフクロウをミリアに差し出した。
「まぁ、可愛らしい。買って来て下さったの?ありがとうございます。大切にします」
ミリアは宝物を抱える様に大事に木彫りのフクロウを受け取ると、満面の笑顔でアルに礼を言う。
「エデンに飾ります」
エデンとは夫婦の寝室の奥にある隠し部屋の事を指す隠語だ。
「.....」
風呂に入り身を清め、ミリアの手製のハンバーグに舌鼓を打ち終えると、アルは寝室へと向かった。
「アル様。本日も一日お疲れ様でした」
「うむ」
甲斐甲斐しくアルの着替えを手伝うミリア。
「そう言えば、ナハークがエデンに行っているかもしれません」
「そうか」
アルはミリアの注告を聞くと隠し扉を開けエデンへと入室した。
「にゃおーん」
白の美猫が擦り寄って来た。
「ただいま、ナハークちゃん。パパを迎えに来てくれたんでちゅね〜」
アルは顔を緩め猫吸いを始めた。
「スーハー、スーハー」
アルはナハークの体に顔を埋めながら。
「今日はちょっとくちゃいでちゅねー。明日ミリアに綺麗に洗って貰おうね」
ナハークを5吸いすると。
「ああ、食べちゃいたい!」
アルは顔を緩めっぱなしでナハークを猫可愛がりする。ふと視線を上げると今日持ち帰った木彫りのフクロウが目に入り、アルは木彫りのフクロウを撫でると、悦に浸った表情で何度も何度も撫でくりまわした。
「うん!明日も頑張ろう」
アルのほわわんな顔で夜も更けていくのであった。