清宮真澄はアホだが天才
初投稿です。読んでくださると喜びます。
挿絵は最後にありますが、作者側のイメージなので、それも含めて楽しんでくださると嬉しいです。
ビーッビーッビーッ
私は警報装置の音で、ハッと覚醒した。辺りを見回す。暗闇の中に、一部だけ白い光が差し込んでているのが見えた。
――どういうことだ?
昨晩、私は全てを確認してから眠りについたはずだった。
異常事態だ。ビーッビーッという音は、止まることなく鳴り続ける。
加えて、あの白い光は何なのか。まあいい、そちらはひとまず置いておこう。
私は右腕を伸ばし、そこにあるであろう台の上で手をスライドさせる。見つけた眼鏡と端末機を手に取ると、素早く眼鏡を掛けて端末機を操作した。
途端、耳障りな音が消え、私はほっと息をつく。だが、まだ問題は解決していない。
「……何故?」
白い光に目を向け、私はその眩しさに目を細めた。立ち上がり、その光の元へ向かう。足元の残骸が気になるが、足でおしのける。今、ちくっと足裏に破片がささった。
「……痛」
それよりも、白い光だ。近づくにつれ、眩しさが増す。手で目を覆いながら目的の場所に辿り着くと、私はようやく状況を理解した。
開けてはいけないものが、開けられていたのだ。私は即座に黒い布でそれを覆う。いつも通りの闇が広がった。
――かと思うと、再び白い光が溢れ出す。
と、そこに、一つの影が現れた。
「な……誰だ、そこいるのは?」
「……はあ」
影がため息をつく。眩しさのせいで、その顔はよく見えない。
「……貴様、さては私の機密文書が狙いだな」
「…………はあ」
「そうか――。だが、残念ながら貴様に渡すものは何もない。消え失せよ、さもなければ――」
言いながら私は、ずっと手に持っていた端末を操作し、相手に見せつける。59、58、57、と表示された数字が変わっていくのが見える筈だ。
「そう、察しの通り、これは時限爆弾のカウントダウンさ。ああ、この端末を壊しても無駄だ。一度機能すると、私にも解除不可能だ。一分以内にこの場を去れ。死にたくなかったらな」
「………………………………………………………………………ね、思ったんだけどさ、あんたの言葉をまんま受け取るなら、それ、あんたも逃げなきゃ死ぬよね」
「え?」
影に言われ、私の脳は一時停止した。そして、自分がしたことの重大さに気付く。
「……か、覚悟はできている。書類を見られないためにも、それが最善だ。つまり、共に逝こうでは――」
「あんたねー、マジでいい加減にしろ!」
「うぎゃっ!」
突然、白い光が先程と比べ物にならない程強くなった。手では防げないため、私は回れ右をして光に背を向ける。
明るい場所から暗い場所へと転換に、目がついて行かない。徐々に輪郭がはっきりしていく。そこに、ぬっと人影が入ってきた。
「うぎゃっ、て何だよ、うぎゃっ、て。ただカーテンを開けただけだろ。ほんと、また真っ暗にして。高校生にもなってそれじゃあ、将来が不安で堪らないね!」
「……あっ、師匠じゃないですか!」
その顔を見て、私は心底安堵した。不法侵入者でも、敵でもなかった。
彼女は、一言で言えば私の同居人だ。具体的に言えば血縁で、戸籍上の関係は姉。名前は清宮梨沙。表向きは首都にある医科大学の三年生で、裏では不老不死を研究している。私の尊敬すべき師匠でもある。
「ねえ、師匠って言うのマジでやめてくれない? 昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって、可愛かったのに」
わざとらしく頬を膨らましているが、弟子で妹でもある私が見ても、正直可愛くないのは彼女の方だ。もともとは美人なのか知らないが、目の下の隈と青白い顔が全てを台無しにしている。服装も酷いもので、白いヨレヨレのTシャツに、丈の短くなったジーンズ。最近は、この組み合わせしか見ていない。染めたことの無い黒髪に艶は無く、後ろで無造作に一つに束ねられている。
だが、そのやつれた感じが味があって良い。可愛さなど要らない。かっこよさが全てだ。
「今日もかっこいいです、師匠」
「……あんたさ、マジでどうかしてるよ」
そのとき、私の右手の端末がピーと音を鳴らした。見れば、爆弾のカウントダウンの数字が全てゼロになっている。しかし、衝撃音はいつまでたってもこない。
「……どうして?」
「もともと爆弾なんてないからだよ! それはただのタイマー。わかりまちたか?」
私は、ポンと手を打つ。
「――ああ、なるほど、そういうことでしたか。もともと爆弾はなかったのですね。あの人は爆弾の位置までは教えてくれませんでした。それは、そもそもないから、ということなのですね。大方、私を安心させるために言っただけでしょう」
「逆にこっちが聞きたいわ。どうしてその考えに至る」
「あの人とは、実を言うと同じクラスの男子のことです。彼は私達と同じく社会の裏側の人間で、万が一何があったときのためにと、ウチに爆弾を設置したと言いました。姉妹そろって組織員では、私も常に不安だったのです。情報や証拠は絶対に洩らしてはいけませんからね」
私は既に、組織に命を捧げている身だ。両親には申し訳ないが、何かあった時家にいるのならば共に死んでもらうしかない。
「あー、うん、なんか謎が解けた気がする。真澄の病気は、その子から伝染したのね。あ、いや、バカにされてるってこともあるか」
「……師匠、私と彼は病気なのでしょうか」
「は? まあ、ある意味ではね。大丈夫、発症中は自覚症状ないし、死ぬわけでもないし、病院に行く必要もないから」
「流石師匠、それはなんという感染症なのでしょう?」
「……厨二病」
「すみません、聞いたことありませんでした。私ももっと勉強しなければ」
「……うん、よろしい、それでその異常さに気付いて治ってくれ」
はー、と両手をパタパタ振りながら、師匠は部屋の端に行き、スイッチを押して電気を付ける。最初は鈍く光るが、次の瞬間には明るい光が部屋を照らしていた。
「うわー、きったねーや」
「師匠の部屋も同じようなものだったはずです」
六畳程の広さの部屋には、ベッドを始め、パソコンを三台乗せた机や、ガラクタの詰まった箱、デスクチェアなどが置かれている。床はカーペットを敷いているわけでもなく、フローリングのままだが、本の山と散らかったガラクタとゴミで、踏み場などない。部屋中に埃が舞い、息をしただけで鼻の奥がこそばゆくなる。
でもそれが、私は好きだったりする。まさに、組織の研究者のようではないか。
「私の部屋はここまでじゃねーよ! あと、こんな変な怪しげな本とか器具も置いてない!」
「え、不老不死の研究ために使う本とか論文があるじゃないですか」
「あれは、ただの医学書! 論文も不老不死は関係ない!」
私は首を傾げた。いつも、若返りたいだとか、時間が止まって欲しいだとか言っている彼女の言葉とは思えない。
私がそれを言うと、師匠は半眼になってこちらを見てきた。
「一つ目は世の中の女子全員が、いや、あんた以外全員が思ってあるであろう願いのことで、二つ目は読まなきゃいけない英語の論文が多すぎるってことよ。若返るなんて不可能だし、英語の論文もあと一日くらいで全部読み終わるし」
「流石師匠、ハイスペックです」
師匠はさらに目を細めた。
「ね、今の話聞いてた?」
「はい。師匠はすごいということがわかりました。不老不死の研究をしているだけあります」
「……そ。今後の成長を期待するしかないね。……あーもー、あんたと話すとほんと疲れるー。私の気にもなってよね」
それから彼女は「朝ご飯だから、早く来いよ」とだけ言って、部屋を出ていった。
私は手元の端末を見る。
「なんだ、まだ七時過ぎか」
呟き、ため息をつく。今日から夏休みだったので、もう少し寝るつもりだったのだが、どうも、してやられてしまった。
警報装置――ちなみに彼女はその英語のアラームという言葉を使う――を設定したのは、おそらく師匠だろう。というか、この部屋に躊躇なく入ってこれるのは彼女しかいない。この部屋は家の二階に位置するのだが、両親は娘二人の部屋が汚すぎて、階下から上がってくることがないのだ。
私は端末を操作して、二度と師匠に解除されないよう、暗証番号を設定する。
――1・1・2・3・5・8
これは、フィボナッチ数列という有名な数列だ。前の二つの数字の合計が、その数字になるというもの。私は絶対に暗証番号を忘れないよう、手首に書いてあった文字を擦って消して、そこに『フィボナッチ』といつも通り水性ペンで書いた。
因みに師匠にバレた今までの暗証番号には、トリボナッチ数列を設定していた。その前はテトラナッチ数列、更にその前は円周率、更に更にその前は素数の羅列だった。他にも、歴代の暗証番号には、月と地球との距離や、平方根、光速、アボガドロ定数、不思議過ぎる数字142857、などがあるが、その全てが、師匠に解除された。
私にとって、どんな数列よりも、そのことが一番不思議だった。難しいものでも、簡単なものでも、彼女には全てバレてしまう。誰かの誕生日でも、何かの記念日でもない、というのにだ。
やはり師匠は凄い、と思う。
端末を机の上に放り投げると、私はシバシバと瞬きをした。
「朝ご飯……」
師匠がさっき言っていたことを思い出すと、唐突に空腹感がわいてきた。そういえば、昨日は機械いじりに夢中になったため、昼食をおにぎり一つで済ませた上、夕食を抜いてしまったのだった。
ラーメンが食べたい、と思う。だが、組織員としてそれはあまりにもかっこよくないし、そもそも朝からそんなものは食べさせてくれないだろう。
両親も師匠も、何かと私の食生活に厳しいのだ。いや、私生活と言った方がいいか。どちらにせよ、私は高校二年生だというのに、過剰に心配されている気がする。
珈琲とトースト、そして新聞。うん、それが一番かっこいい。
私は照明のスイッチに手を押し付けると、急いで部屋を出て、階段を駆け下りた。
(冒頭のシーンの真実)
Twitterにて自作のイラストを投稿しました。
気になる方がいればぜひ、そちらからイラストを見てみてください。