俺は犬
俺は犬、俺は甘えたことが大嫌い。名前は「小太郎」と言う。小太郎っていう名前だけどな、器はでかいんだぜ。俺は階段は5段上から飛び降りることが出来るし、近所の川も少しは泳げる。俺が泳ぐと、鳩にカラスに、隣の猫の与作が俺の事を称賛した。名前を付けたのは無論俺ではなくて、飼い主である。俺は床に身体を投げ出し顎をつけ上目遣いで、睨みを利かせながらも愛情はこもっていると言うふうに、この家の主を見つめる。
「なんだ、コタロ、おやつ欲しいのか?仕方ないなあ。」
この家の主は俺におすわり、と言う。仕方ねえ、腹なんぞ減ってねえが、座ってやるか、俺は尻尾を振って「オスワリ」というやつをやってやった。この家の主イコール俺の飼い主は名前を安田安夫という。なんだ、「安いやっちゃなあ」そんなふうに思った奴も多いだろうな。安夫は、その通り、見たまんまの男だ。弱々しくて、彼女いない歴イコール年齢っていうやつさ。テレビに出ている女性タレントがそんなこと言ってたな。もちろん、俺はこの家に来てからの安夫しか知らないけど。けどな、安夫はなかなか根性のあるやつで。小さい頃に母親が死んだらしい。高校生の時は父親が死んだ。それから社会に出るまで親戚の家に世話になったこともあったらしいが、今の安夫には家族は俺だけなんだ。天涯孤独と犬が一匹ってやっちゃなあ。その根性たるや俺が安夫を認めるに足る。だけど、安夫は彼女というか女の子に関しては、めっぽう弱い、弱いというか敗北だ!!安夫に今まで彼女はいないはずだ。女が遊びに来たこともないし、仕事が終わるとすぐに帰宅してくるのだ。
俺は安夫がマンションの廊下を歩く足音が聞こえるとキラキラした眼差しで玄関のマットの上に座る。さあ「オスワリ」して待つ、だ。安夫が扉を開ける。さあ俺の出番だ。俺はバカ犬じゃねえ、賢く振る舞っている。俺の父ちゃんと母ちゃんはラブラドールという犬種だから俺も誇りを持って生活している。安夫の顔が見えたら尻尾を振るようにしている。安夫が俺の顔を両手で覆い、自分の顔を擦り付けくしゃくしゃにして笑う。
「コタロ、良い子にしてたかい。」
俺は飛び上がりたい気持ちを抑えてお腹を見せてやる。サービスってやつだ。
「コタロ、お腹撫でて欲しいのか。」
安夫は大人しくて弱々しい顔つきだが、近くで見ると精悍な顔つきでなかなか良い男だぜ!俺には負けるけどな、俺は安夫が帰ってきた儀式を終えソファに戻る。安夫は今日は何だか浮かれていた。「?」俺は人ならポカンと口を開けて安夫を見つめるだろう。安夫があの安夫が何やら浮かれた表情で洗面所に向かう。スキップというやつだ。そして、髪を整える練習をしている。テレビでやっていた。人間というやつは、人を好きになるとまず鏡を見るって。安夫はニヤニヤして髪に何かつけて、キメ顔というやつをして。
「えーっいっ!今日の安夫、なんだか気持ち悪い」俺はそう呟いた(安夫には、ワオン、ワォと聞こえている)。
部屋に戻ると安夫はキッチンに立ちながら俺に話しかけてきた。
「コタロ、真面目に生きてるとなかなか良いことあるもんだぞ。お前もおやつ時々我慢しろよな。」
俺はおまえと遊んでやるためにおやつのおねだりしてるんだぜ。何言ってんだよ。俺は心の中で呟く。安夫は続ける。
「いやあ、困っちゃったよ。突然な、会社帰りに若い女の子に呼び止められちゃって、毎朝バス停で一緒になるOL風の子がね」
OL?サイズの洋服のS、M、L、みたいなやつか?それとも、卵のサイズ?なんだ安夫、そのOLってやつは。うーん、安夫
俺の胸をもふもふするのはやめてくれー。
「でさ、告白されちゃったー、なんか俺が毎朝バスを待っている時に読んでる小説の作家がずっと好きだと思ってて話したかったらしい、めっちゃかわいい子でさぁ、デレデレ」
話しながら、デレデレ、というやつは口に出していうものなのか?うーん安夫変だぜ、変だけど俺の大好きな飼い主だ。安夫はどうやら初めての彼女が出来るらしい。25年間生きてきて初めての彼女だな、安夫。さあ、その子が来たら俺が安夫の親代わりに安夫にふさわしいかきちんと見極めてやるぞ、安夫、ワンワン。