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「ただいーー」
玄関に入った瞬間、得も言われぬ不快感に襲われた。
ーーなんだこの匂い……。
不快感の正体は嗅いだことのない悪臭だった。
「おかえりなさーい」
扉の向こうのリビングから声がした。だが圧倒的におかしいのは、それが尚子の声ではないものだった。
がちゃっと扉が開いて現れたそれを見た時に、僕の頭は正しくをそれを認識出来なかった。
赤い人型が目の前に立っていた。それは何かを抱えていたが、それも赤一色だった。
「良かったですね、瀬下さん」
赤に塗れたそれが僕に語りかける。それが杉下だとしばらくしてようやく理解した。
「……何やってんだよ、お前」
僕はそこで瞬間的に、全ての判断を誤ったと悟った。
僕は間違えた。何を。何かを。でもはっきりと、間違ったという事だけは分かった。
「不安だったんですよね、ずっと。でも、もう大丈夫ですよ」
こいつから目を離すべきではなかったのだ。本当に不安なら、取り除くのではなく監視するべきだったのだ。僕は結局、自分の不安の事しか考えられていなかったのだ。
「ほら、産まれましたよ。赤ちゃん」