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 尚子のお腹は順調に大きくなっていた。嬉しい半面、どうしても不安も同じように膨らみ続けた。この子が産まれた時、尚子はちゃんと生きてくれているだろうか。


 今こうして尚子は元気に生きてくれている。ただそれは決して当たり前の事ではない。本来であれば、尚子はもう生きていない歳だ。告げられた寿命を跳ね返し尚子は生き続けてくれているが、故にどこまで持つのだろうかという不安をどうしても僕自身捨てきれずにいる。

 そんな尚子が子供を産む。正直怖かった。尚子がいない未来を考えた時、どうしようもなく怖くなった。だが、どこまでいってもそれは僕自身の不安でしかない。


”子供、産みたいんだ”


 覚悟はしているのだろう。文字通り命を懸けてでも、尚子は自分の子供を産む事を望んだ。怖くないわけがない。

 僕に出来ることは彼女を支えることだけだ。だから、僕には僕の出来る事をする。




「おはようございます」


 週明け、杉下は何事もなく出社してきた。当然僕は無視したがあまりに図太い神経に呆れた。

 上司にはあらかじめ彼女の事を伝えていた。始め上司も信じられないといった様子だったが、僕が冗談でもそんな事を口にするタイプではないと分かってくれていたので、適切な対応をすぐにでも取ると言ってくれた。

 僕は数日の休暇を言い渡された。その間に彼女の処遇を早急に進めるとの事だった。休暇が明け出社すると、彼女の姿は会社になかった。どことなく皆の視線が同情の眼差しのように感じられた。


「彼女、どうなりました?」

「辞めてもらったよ」


 苦笑とため息混じりの上司の様子を見て、かなりの苦労があったようだった。


「ご迷惑おかけして、本当に申し訳ございません」

「いやいや、瀬下が悪いわけじゃない。彼女はなんていうか……君の言う通りだったよ」

 

 予想通りというか、彼女への処遇を伝えた所彼女は激昂し、喚き散らしたそうだ。真面目に仕事をしてきた自分への待遇がこれかといったまともな反論から始まり、私は自分の間違いを証明する為にやるべき事を彼にやったまでだと、あの時と同じような暴論を振りかざした。結果としてこの彼女の振る舞いが僕の証言を後押しする形となり、最終的に辞職の流れとなったそうだ。


「長く務めていたら、こんな事もあるんだな」


 上司はぽんっと僕の肩を叩いた。多大な迷惑をかけたが、頼れる理解のある上司がいてくれた事を感謝した。


 職場での不安は取り除かれた。だがこれで油断が出来るわけではない。杉下は完全にいなくなった訳ではないからだ。日々の生活の中で彼女という存在に継続として注意は必要だ。


 ーーなんで僕がこんな目に。


 やり切れない思いだった。たまたま複雑な事情を抱えた彼女と同じ職場になった事で、こんな目にあうなんて。悪戯な運命でしかない。


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