オーロラと雪と空挺兵
しんちょくだめです
「すご……もうインストール終わったぞ」
パソコンの画面を見つつ感嘆する。どうやらファイルサイズは一般的なFPSの4分の1もないらしい。
もう遊ぶことができる。俺は心を躍らせ、フルダイブ型キットの説明書を読みながら準備を進める。
「えーっと、まずはヘルメットをコンピューターと接続し……」
まずヘルメットをPCに接続する。PCの画面では『フルダイブ機器接続完了』と表示されている。
「次はフルダイブ用の手袋と感覚用スーツを着用し……ふむ」
説明書の通りに、全身に感覚を走らせるフルダイブ・スーツを着る。紺色と白色を使ったゲーミングなデザイン。長袖のような形で、風通しが良い。
「ヘルメットの装着は最後に。安全のため布団や横になって目をつぶり、布を被らずに行ってください。起動ボタンはヘルメットの右側に……よし、こうかな」
あらかじめ敷いておいた布団に横になり、ヘルメットを被る。
「なんだか変な感覚……起動ボタンは……これかな」
ヘルメットの右側に出っ張っていた起動ボタンを押し込む。起動時のガーと言った音と、ヘルメットのファンの音が聞こえ始める。
目の前が一瞬暗くなった後、目を閉じているにも関わらず景色が雪崩れ込んでくる。閃光に襲われたような感覚が体に走る。
「えーっと……」
暫くすると、景色と自分の体が鮮明に見えるようになる。
白色を基調とした、時間の中にいるかのような空間に、自分が一人佇んでいる。
UIはない。ボタンもない。目に見える中、四角い物体が浮く空間が続いている。俺はここまで来て、一つの謎に直面した。
「どうするんだこれー!?」
大声で叫ぶ。自分の声が空間に響く。直後、まるで何かを察知したかのように、目の前にUIのような平面が表示される。
「UI……っぽい?、これは……」
『メニュー』と書かれた平面には、『ゲーム』『チャット』『アバター』と言った欄がある。右下には赤文字で『フルダイブを終了』と書かれている。
「たぶん押すべきはゲーム、だよな……ああでも、ベルグにもう遊べるって報告しないと」
そう考えた俺は、「チャット」を電脳上の指で押す。すると平面がくるっと回り、PCのチャットアプリと同じものが表示される。
「このソフトも使えるのか……えーっと、ベルグは……オンラインだ、よし」
ベルグへのメッセージ欄に「見えてますか、起動成功したから先やってます」と打ち込む。
いつもはマウスでクリックするか、エンターキーで省略する送信ボタンを指で押すと、メッセージ欄に書いた文章が表示される。
すると、直ぐに『すまん風呂呼ばれてる、先やってて』メッセージが返ってくる。
「まじかー……まあチュートリアルとかあるだろうし、丁度いいかな?」
俺は「了解」と打ち込むと、チャットソフトの右下のバツボタンを押した。平面が回転し、最初の欄に戻る。
「たぶん『ゲーム』だよな……お、あったあった」
『ゲーム』を押すと、一番上にウォーフィールドが表示されていた。
「ウォーフィールドだけ……まあフルダイブはこれが初めてだし、そりゃそうか……よいしょっと」
俺はウォーフィールドのアイコンを押す。画面は『ローディング』の文字を少し写したのち、折りたたまれて消える。
直後、だんだんと空間の輪郭がぼやけていく。俺は胸を躍らせながら、アバター上の目を閉じる。
世界が白くなったあと、だんだんと黒くなる。
「…………きろ!」
うっすらと声が聞こえる。
「…………兵!起きろ!」
声がはっきりとしていく。ゲームの始まりか?
「新兵、新兵!早く起きろ!」
はっきりとした声が、まるで現実のように響く。肩をドン、と叩かれる感触がする
「すげー……ッ!?」
目を開けると、武骨な椅子に横一列に兵士が並んでいる。右にも左にも。前にも同じ列が……
「ラッセルもようやく起きたか!空挺作戦まであと4分だったぞ!」
真ん中で、リーダーらしき人物が、こちらより少し右に指を指して大声で語る。
「あ……はい、申し訳ありません隊長!」
右の"ラッセル"と呼ばれた兵士のNPCが大声で返事をする。
"隊長"は返事を聞いて頷くと、こちらを向いて指を指す。遂にゲームが始まったことに歓喜しつつも、緊張が残る。
「お前もだ、新兵!えっと名前は誰だっけか……よし、答えてみろ!」
急に問いが始まり、驚く俺。どう返事すれば……と考えていると、"隊長"の頭の上に『はっきりと発声して回答可能』と表示される。
ヒントかな、と思い、右の兵士と同じで大声で返事をする。
「イスキと申します!」
俺が返事すると、"隊長"は頷き、話が進行する。
「よし分かった、イスキだな!よし、全員整ったか。これより空挺作戦だ、実戦に備えもう一度武器の扱い方を説明する!」
「「了解しました!」」
周りの兵士が大声で返事をする。俺もそれに交じって返事をした。
「まず、今回の装備品たるMk-4・アサルトライフル。これは連発発射、単発発射の他に、バーストと呼ばれる規定回数連射が存在する!手元にあるだろう、何処で切り替えるか言ってみろ、イスキ!」
急に呼ばれる。そういう感じのか、と思い、大声で返事をまた返す。
「あっ!?えっと……此処の切り替えレバー?でございます!」
「よし、そういう解釈で合っているだろう。上から順に安全、単発、バースト、連射だ、覚えておけ!」
隊長が満足そうにうなずき、返事をする。まるでリアルの人間のようだ。
「よし、次だ。弾薬を交換するマガジンリリースボタンはどこか、イーリッヒ!」
"隊長"がNPCに聞く。
「此処でございます!」
NPCは銃を掲げ、指で場所を指す。
「よし正解だ!もう時間がない、後は訓練通りに!では降下するぞ!準備!」
おそらく"自分"のみに、無機質な声で動くべき行動が聞こえる。俺はその通りに装備の準備を整える。
ドアのような物体が動き、空と雲を映し出す。俺はこれが空挺作戦だったことを初めて知った。
「よし、降下始め!」
NPCが次々と、ドアから降りていく。俺はスカイダイビングは初経験だ。正直、怖い。
気づいたら、自分はドアの前にいた。
「点検よし!降下始め!」
隊長に背中を押されつつ、ドアから半ば勝手に空に落ちる。
「えっちょっと待って……あっ!」
気づいたら、飛行機からすでに落ちていた。
「待ってえええ!!!」
大声で叫びつつも落ちていく。パラシュート展開のやり方を聞き逃し、不安と恐怖を覚える。
―などと考えていると、脳裏に「目標、敵軍の殲滅。パラシュートは自動で展開します」と無機質な声で聞こえた。それを聞いて、少し安心する。
直後、パラシュートが展開。布の音と、飛行機の進む音。
「すげえ、リアルみたいだ……!」
空は紺色で、オーロラが浮かぶ。地面は暗いが、雪が積もっているのは分かった。
ふと気が付くと、目の前を二機の戦闘ヘリコプターが飛んでいる。
「すげえ……」
思わず、感嘆したその時。
視線の左下から煙を吹く物体……ミサイルが飛んでくる。ミサイルはヘリに衝突し、大爆発を引き起こす。
「えっ!?」
ヘリはトルクの力でぐるぐると回り、地面に墜落する。
墜落して10秒ほどのち、地面に俺も着地する。
「やっば…………興奮してきた!やってやろうじゃねぇか!!!」
ハイテンションになる。これほど楽しそうなゲームは久しぶりだ。
少し前の方向に橋が見え、銃声が多数聞こえる。橋の上で戦闘が起こっているのであろう。
「ゴー、ゴー!ムーヴ!」
兵士の叫び声が聞こえる。銃器の安全装置をバーストに変え、俺も前に進む。
前線では、さながらリアルのような戦闘が繰り広げられる。俺も遮蔽物から身を出し、しっかりと照準に敵を構え、引き金を引く。
乾いたダダダッと音と同時に、兵士たちがホログラムの血を流して倒れる。リアルであれば狂気に陥りそうだが、これはゲームだ。
目の前の敵兵を倒し終わると、味方の兵士たちが進み始める。俺もそれに交じり、進軍方向へ向かう。
ある程度進むと、突如として銃声が鳴り響く。どうやら敵兵が潜伏しているようだ。
「クソッ、こっちに4人いるぞ!」
「待ってろ直ぐ向かう!」
「ぐはっ!誰か、衛生兵ー!」
恐ろしくリアルな戦場で、NPC同士が戦う。自分も、据え置きの重機関銃を敵から奪い、援護する。
「増援!敵の増援だ!!」
味方の叫び声が聞こえる。目の前に多数の敵兵が現れ、それを重機関銃で狙っていく。
重機関銃一つにしても音、中身、動かし方と、丁寧に設計されていて感心していた。
……などと思っていた時。目の前からガラガラと重量物の動く音がする。
NPC達は何も気づいていないのだろうかと思っていると、勘のよさそうな奴が大声で叫ぶ。
「戦車だ!!敵の戦車隊が来てるぞ!」
その声と同時に、目の前の暗闇の中から、全てをなぎ倒して戦車が現れた。
走馬灯のように周りの流れる時間が遅くなる。戦車はこちらに主砲を向け、大きな爆発音とともに砲弾を発射……
発射時のフラッシュが強くなり、視界全体が白色に覆われる。
そして、スロー再生した銃声の音と同時に、その中に、大きくはっきりと文字が表示された。
「ウォーフィールドへようこそ」
その文字と同時に、視界の白が黒に変わっていく。
真っ黒になると、足元に不意に感覚を感じる。多数の物音やがやがやした声も聞こえる。
気になった俺は、目を開けてみることにした。
しょうせつむずかしすぎる