第8話 売り子
※ ※ ※
一方その頃、隣車両では......
「なんだ......また指名手配かよ。今度も少女じゃねえか。最近このパターン多いな」
厳つい大男が口を曲げてボヤき始める。
「メールの内容だと、この列車に乗ってる可能性が高いみたいだぞ」
「マジかよ......また端から探してまわるしか無いな。今まわり終わったばかりじゃねぇかよ」
「見逃したりしたら、またディアナさんにドヤされんぞ」
「そうならないようにせんといかん。さぁ、仕事だ。乗客全員の顔もう一度見てまわれ。俺はここで待機してるから、何かあったらすぐに知らせろ」
「「「了解!」」」
バタバタバタ......隣車両へと飛び出して行く『ヴァローナ』下々の面々。まるでイナゴの大群のようだ。
「取り敢えずはよし......」
リーダー格の男は手配を済ませると、再びその大きな身体を水揚げされたマグロの如く座席に寝かせた。すると、
ゴロゴロゴロ......何やらタイヤを転がすような音が。見ればそれは、売り子のカートだった。
ゴロゴロゴロ......カートはまるで無人ロボットの如く、一定のスピードでマグロに近付いていく。
本来『売り子』であれば、『暖かいお飲み物はいかがですか?』とか、『おつまみはいかがですか?』とか、物を買って下さいオーラをふんだんに撒き散らす訳ではあるが、その売り子からはそんなオーラが全く感じられない。まるで『私に声を掛けないで下さい』年若き黒髪少女の売り子からは、無意識のうちにそんなオーラが放たれまくっていた。すると、
「おい、待て」
突然大男は、売り子を呼び止めた。
「はい......」
即座に立ち止まる。呼び止められた相手が厳つい大男だったからなのか? それとも何か別の理由が有るのか? 下を俯きブルブルと震えている理由を知りたければ、直接売り子本人に聞いてみるしか無い。
「おいおい、別に取って食おうって訳じゃねぇんだから、そんなにビクビクせんでもいいだろう。おやっ?」
大男は突然話を止め、気付けば少女の身体のある一点に視線は釘付けとなっていた。
まずい......顔がバレたのか?! 無意識のうちに唇を噛みしめる少女。
ところがそんな少女の心配を他所に、大男が一心不乱に見詰めていたものは顔では無く、他にあった。すると、大男が再び口を開く。
「お前......左手首から下が無いじゃないか。一体どうしたんだ?」
そっちか......良かった。思わず胸をなで下ろす少女。即ちそれはソフィアだった。




