第7話 ワゴン
すると今度はソフィアが、
「それは何かの間違いでしょう。私は『ダリア』です。良かったら身分証明書を確認されますか?」
実に落ち着き払った態度でバッグからそれを取り出し、『カラスシール女』に差し出してみせる。その身分証明書に貼られた写真は黒髪の美しき少女。確かにこの座席に座るその少女と瓜二つではあった。
さすが秋葉秀樹の血を引きし者だけの事はある。その堂々たる態度は正に父譲りと言えよう。しかし、『カラスシール女』は決して凡人ではない。残念ながらその者はミーオであり、そして『美緒』だった。
「あなたのおでこに付いてる黒の染料は何かしら? 髪の毛黒く染めたばかりなんでしょう」
「えっ、ほんとに?!」
慌てて手鏡を取り出すソフィア。すると、
「嘘よ......染料なんか付いてる訳ないじゃない。本当に素直なんだから......まぁ、いいわ。ちょっとあたしに付いて来なさい」
周りを見渡しながら、素早く二人を連れ出そうとする『カラスシール女』だった。
えっ、私どうしたらいい?! 救いを求めるような顔でソフィアはヴィクトルを見詰めた。
ど、ど、どうしよう......とてもでは無いが、ヴィクトルに判断出来る訳も無かった。そんな煮え切らない2人の態度に痺れを切らした『カラスシール』は何を思ったか、ペリッ。右手の『カラスの紋章』を剥がし、
「私は『ヴァローナ』じゃ無いの! さっきも剥がれたの見たでしょう。このメールは『ヴァローナ』全員に送られてるのよ。だからディアナがトイレから帰って来たら終わりなの! 分かったら覚悟を決めてあたしに付いて来なさい! 悪いようにはしないから」
そのように啖呵を切ると、『カラスシール女』は突然立ち上がり、トイレと逆方向へスタスタと歩き始めたではないか。
どうやら......このメールが配信された事に嘘は無さそうだ。であれば、この『カラスシール女』の言う通り、ディアナがここに戻って来たらそれで全てが終わりと言う事になる。考える余地は無かった。もう付いて行くしか無い。
「さぁ、ダリア行こう」
「はい、お兄ちゃん」
タッ、タッ、タッ......
タッ、タッ、タッ......
『カラスシール女』の後に続くヴィクトルとソフィアだった。
自分は『ヴァローナ』じゃ無い? ディアナとあんなに親しく話していて、どこが『ヴァローナ』じゃ無いって言うんだ? 一般人が普通、ポケットに手榴弾携帯してるか? 信じろって言われたって信じれる訳無いだろう......
しかし、今となっては無理矢理信じるしか道は無かった。もうヤケクソだ。
やがて車両を抜けると、連結部で『カラスシール女』は突然立ち止まる。ガラス越しに隣の車両を覗き込むと、屈強な『ヴァローナ』構成員が複数屯して居るのが見えた。スマホ画面を見詰めながら、何やら懇談しているようだ。恐らく『ソフィア』に関する新たな指令を確認しているのだろう。
「ダメだ......これ以上先には進めない。その向こうが貨物車両なんだけどな......何とか貨物車両に隠れる方法はないものか......」
『カラスシール女』はここに来て考え込んでしまう。すると、ガラガラガラ......何やら背後からタイヤを転がす音が。見ればそれは、物売りのワゴンだった! そばかすだらけの若い女子がにこやかに、
「お飲みものなどいかがですか?」
などと語り掛けて来たではないか......




