第6話 葛藤
すると若年なるその者は、自慢気にゆっくりと口を開いた。
「今、『隠し部屋』で隠れてるあの子は『ヴァローナ』に追われてるんだろ。だったら素直に差し出しちまえばいい。そうすれば奴らもその功に免じて俺達を助けてくれるに違いない」
「あんた......よくもそんな事をヌケヌケと......」
母は顔を真っ赤にして怒りを露わに。その身体はまるで感電したかのようにブルブルと震えていた。どうやら、ソフィアを見て亡きダリアを感じ取っていたのはヴィクトルだけじゃ無かったようだ。
「どこの誰だかも分からん娘一人と、村人全ての命のどっちが大事だって言うんだ? 村長亡き後、今はあんたがこの村の長だ。村の長には村を守る義務が有る。私情に囚われて判断を見誤らないでくれ」
すると村人達は、
「村長、判断を!」
「村長、我々の対応は如何に?!」
ここぞとばかりに、母へと詰め寄っていく。ソフィアに取っては非常に残酷な話ではあるが、所謂『背に腹はかえられぬ』的なこの発想に心が揺れ動く村人達が居た事も事実だった。
今この村には大人が約30人強。そして未来有る子供達が約20人。『戦う』、それは即ち、村人達全員の『玉砕』を意味する。
「んんん......」
村長の妻たる母は、思わず言葉を失ってしまった。ソフィア、村人、ソフィア、村人......あたしは一体、どう判断を下したらいいのだろう......
まずソフィアの顔が頭に浮かぶ。汚れの無い素直な娘だ。しかも最愛なる娘によく似ている。自分等の過ちにより左手首を失っても何一つ文句を言う事もなく、むしろ舟から救って貰った事に感謝の意すら示していた。
この子を『ヴァローナ』に差し出す? そんな事出来る訳無いじゃないか!
次に健気な可愛い村の子供達の顔が次々と頭に浮かんでくる。その数、総勢20名。大人達だけならまだしも、未来有るこの子供達を死なせる事など出来る訳が無い!
そして最後に亡き村長の顔が頭に浮かぶ。母は目を閉じて我が主人に問い掛けた。
あなたなら......
どうする?
............
............
............
今や村の長たる母が一体どのような判断を下すのかと、村人達が固唾を飲んで見守っていた正にその時だった。突如、外から怒号が響き渡る。
「3つ数えるうちに、武器を捨てて外へ出て来い。出て来なければ、この家に火を放つ。いいな!」
気付けば、辺りはガソリンの匂いで充満していた。火を放つ......それはその言葉が脅しで無い事の証しと言えた。決断しなければならなかった。母は村が取るべき最善の行動を示さねばならなかった。しかし、ゆっくり考えている時間は無い。
「はい、3」
あなたはこれまで決して『ヴァローナ』に屈しなかった......
「はい、2」
ここで屈するくらいなら始めから屈していた方が良かったはず......
「はい、1」
娘さんを差し出すような卑怯な振る舞いは、あなたの作り上げたこの村には似合わない!
「はい、0!」
遂に、母は英断を下した!
「皆さん! ネクラソフカの意地を見せてやりましょう!」
すると、
「「「了解!」」」
ガチャ、
「死ねー!!!」
扉を開け、村人達は血気盛んに外へと飛び出して行った。
「みんな続けっ!」
他の家に潜み、村長宅の様子を伺っていた各々の村人衆も、それに呼応するかのように一斉に家を飛び出して行く!




