第2話 天使
「もしかして......この犬が」
少女は自分のすぐ横で寄り添っている大型犬を見詰めた。
「ごめん、キリルが悪いんじゃ無いんだ! 僕達が......僕達が......君を『ヴァローナ』の一味と勘違いして......」
すると少女はヴィクトルの言葉を遮るようにして、
「あらワンちゃん......私の事心配してずっと側に居てくれたの? ありがとう。あなたキリルって言うのね。私はもう大丈夫だから......心配しなくていいよ」
そのように語ると、少女はキリルの頭を右手で優しく撫でた。
クゥーン......
クゥーン......
キリルは自分の頭を撫でてくれる少女の右手をペロペロと。そんな少女の天使のような振る舞いを、村人衆は驚きの表情を浮かべまじまじと見詰めていた。
彼女が今、村人衆に見せたその清い態度には、憎しみ、恨みなどネガティブな要素が一切含まれていない。
これからの人生、左手が無いという事は生きていく上で大きなハンデになると言うのに......
『ちょっと一体どうしてくれるのよ!』
『私の左手返してよ!』
開口一番、そんな言葉を浴びせ掛けられる事しか考えていなかった村人達は、少女の少女離れした神的反応に思わず言葉を失った。
そんな村人達の心中を察したかのように、少女は再び口を開く。
「私はソフィア。大陸の母の所へ行きたくて、この村を訪れました。勝手に舟に乗っちゃってごめんなさい。それと......私を舟から救ってくれて......ありがとう」
ソフィアはまるで左手の事など忘れてしまったかのように、ひまわりのような笑顔で礼を述べた。
逆にそんなソフィアの笑顔が村人達からすると、痛々しくて堪らない。むしろ感情のまま罵倒して貰った方がどんなに気が安まる事か......
「ソフィアさん......申し訳無い! 僕達は君に対し取り返しのつかない事をしてしまった。すまない......本当にすまない!」
ヴィクトルは目に涙を浮かべながら、地に手をついた。その姿は見ていて痛々しくなる程だった。
「左手首が無くなっちゃったのは、確かに辛いけど......私、まだ生きてる。『ヴァローナ』に追われている今、この命がまだ残っているだけでも、私は感謝するべきだと思ってます。私から左手首を奪ったのは、皆さんではなく『ヴァローナ』です。だから......もうその事はいいですから......」
ソフィアは包帯に巻かれた左手首を見詰めながら、相手を気遣うような笑顔を浮かべている。12才なる年齢とは言え、心は成人。人の痛みが分かる心を既に持ち合わせていた。
冷淡極まりなかった父、秋葉秀樹にこの娘の勇姿を見せてやりたいくらいだ。
すると村人は、
「君は......『ヴァローナ』に追われているのか?!」
思いも寄らぬソフィアの発言に、慌てて聞き返す。ソフィアの口から『ヴァローナ』の名が飛び出すとは、夢にも思っていなかったようだ。
「はい......」
ソフィアは視線を下に落とす。落とした視線の先には、安否が気遣われるニコライの顔が映っていたのかも知れない。




