第1話 覚醒
その日の午後12時、村人達が漂流するソフィアを救出してから凡そ3時間が経過したその頃。
『ネクラソフカ村』村長宅1階では......
クゥーン......
クゥーン......
番犬のキリルがベッドで静かに眠る少女の左手首をペロペロと舐めていた。見れば、少女の手首は包帯でグルグル巻き。村人達に寄る必死の手当てが功を奏し、何とか出血は止まったようだ。
「う......ん......お母さん」
眉間にしわを寄せ、寝言を呟く少女の顔も漸く血の気を取り戻してきていた。心臓も元気にその鼓動を続けている。
「一時はどうなるかと思ったけど......」
「何とか峠は越えたみたいだな」
胸を撫で下ろす村人達だった。
「全く......こんな酷い怪我してんのに、何で舟なんかに乗ったんだ?」
「しかも、寄りに寄ってあんな壊れた舟に......」
「きっと、何か事情が有るんだろう。それにしても無茶な事を......」
「この娘にそんな事をさせてしまったのは俺達だ。その罪は大きい」
「その通りだ......」
「目が覚めたら......なんて謝ればいいのかしら」
皆、目に涙を浮かべ、少女の左手首をじっと見詰めていた。手首の先は見事に無くなっている。
クゥーン......
クゥーン......
この中で一番心配そうな顔をしていたのは他でも無い。番犬のキリルだった。少女の側から絶対に離れようとはしない。そんなキリルが見守る中......
「うっ、うっ......」
やがて少女に変化が現れ始める。どうやら、覚醒が始まったようだ。
「お嬢さん、大丈夫?!」
真っ先に反応したのは、昨晩、主人と最愛の娘ダリアを『ヴァローナ』に殺された母だった。恐らく、ダリアと同じ年頃のこの少女が実の娘のように見えていたのだろう。
少女の身を案じるその姿は正に母そのものだった。ゴムで束ねられた黒髪には、所々白いものが混じっている。色々心痛が絶えないのだろう。
「お母さん......」
一方、ソフィアも夢の中で自身の母の顔を頭に浮かべていたようだ。やがて、ゆっくりと目を開き始める。皆、生唾を飲み込みその様子を見守った。
そして、目を覚ました少女の目に最初に映ったもの......それは、自分の事を心配そうに見詰める見知らぬ数名の男女だった。
村の重臣達、ダリアの母、そしてダリアの兄『ヴィクトル』そんな面々だ。
「大丈夫? どこか痛い所は無い?」
少女の頭を優しく撫でながら、死したダリアの兄ヴィクトルが心配そうに問い掛ける。すると、
「左手首が少し......あっ......」
少女は痛みが走る左手を見詰めた途端、思わず目を疑った。なんと、有るはずのものがそこには無かったのである。
「ごっ、ごめんなさい!」
「申し訳ない......」
「なんてお詫びをしたらいいのか......」
「......」
「......」
ただひたすら沈痛な表情で頭を下げ続ける村人達。そして......
『クゥーン......』
一匹の大型犬だった。




