第10話 救出
ガサッ、パタッ。その拍子に僅かな音が立ち上がった。間違い無くその物音は少女の耳に届いたに違いない。
すると少女は、スイッチが入ったかのように突然走り始める。雪を真っ赤に染めながら......
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
「あんなちょっとした物音に怯えてる少女が『ヴァローナ』だって? 絶対にあり得ない!」
おい、どうする? 揃いも揃って取るべき行動を決めかねているようだ。やがて、一番の年長者がゆっくりと口を開いた。
「よし、外へ出るぞ。油断するな。静かにだ。助けるか、助けないかを決めるのはその後だ」
遂に重い腰を上げる。しかし、中々重い腰が上がらなかった村人達を責める事は出来ない。昨晩、子供を囮にして二人も殺されたのだ。しかも、その時『ヴァローナ』はまたここにやって来ると宣言していた。慎重にならざるを得ない事情も理解出来る。
ソフィアがやって来たタイミングがあまりに悪かった......そうとしか言いようが無い。
ギー、パタン。静かに扉を開けると、村人衆は武器を構えながら慎重に辺りを調べてまわった。しかし、周辺には人はおろか、猫の子一匹居やしない。有るものと言えば、サハリン湾へと続く血に染まった真っ赤な道しるべだけだった。
最早、少女の身が潔白である事は明らか。疑う余地は無い。今、村人衆に出来る事と言ったらただ一つ。
「少女を助けなければ!」
それだけだった。
「あっちへ向かったぞ!」
「あっちって......まさか海?!」
「とにかく追い掛けよう!」
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
ザッ、ザッ、ザッ......
血相を変えて、血の道しるべを追い掛ける村人達だった。
「おい、見ろ。舟だ!」
「なんてこった! 舟に乗ってるのか? 今にも沈みそうじゃないか!」
「無茶な事を......早く舟を出せ! 急がないと沈没しちまうぞ!」
村人達は慌てふためきながら、村一番の快速船を海に放つ。
ゴー......! モーター音が広大なサハリン湾に響き渡る。
「まずい......舟が完全に傾いてる。沈没するぞ! 急げ!」
更なる加速を加えていく快速船。
3メートル
2メートル
1メートル
そして、
0メートル
到着だ。
残念ながら......そこに少女の姿は無かった。有るものと言えば上下が逆さまになった小舟だけ。既に転覆していた。
「くそうっ!」
迷わず、海へと飛び込んで行く村人衆。
ザブーンッ!
ザブーンッ!
海の男達は決して海を恐れなかった。とは言え、2月と言うこの季節。物理的に人間の身体が耐え得る水温では無い。サハリン湾の海は、『正義感』『根性』『気合い』などと言う精神論だけで攻略出来るほど、甘いものでは無かった。




