第9話 迷い
「待て。家の中に入って来てからだ」
斧を持ち、槍を持ち、包丁を持ち、武者震いが止まらぬ村人衆。昨晩、子供を囮にして襲われた......残念ながら、その先入観だけが全ての心を支配している。『復讐の鬼』それ以外の言葉は無かったのである。
もしかしたら......今訪れたこの少女はただ迷い込んだだけなのではないか?
そんな風に考える村民が一人でも居たならば、これからソフィアに降り掛かる惨劇を未然に防げていたかも知れない。しかし、神はソフィアに対し優しさを示してはくれなかった。
誰一人として、この純真無垢な少女の汚れなき顔を見ようとはしなかった。
そして遂に......ソフィアは禁断の扉を開けるに至る。
「すみません。怪しい者ではありません。失礼します」
カチャ。
『ガルルルル......!』
扉が開いた途端、真っ先にキリルが憎き『ヴァローナの回し者』にキバを剥く。
「よし、入って来たぞ!」
地下から踊り出る村人衆。しかし......少し遅れて村人衆が飛び出した時には、少女の姿はそこに無かった。ただキリルが口の周りを真っ赤にして、何か得体の知れない物体を転がしているだけだった。
見れば......それは少女の小さな手首。血塗れでなければ、思わずキスをしたくなるような実に愛らしい手首。しかし、既に皮膚は鋭い牙に剥ぎ取られ骨が完全に露出していた。見るに耐えない情景だ。
なぜキリルがこの時、左手首を襲ったのか? それは多分、昨晩襲って来た『ヴァローナ』が左手に銃を持っていたからに違いない。
あの時自分が左手首に噛み付いていたならば、大好きなご主人様達を死なさずに済んだのに......キリルの心の中にそんな後悔の念があったのだろう。
良くも悪くもキリルとは、そんな忠義な犬であった事に間違いは無い。
やがて......1階に上がり込んだ村人達はそこで一旦足を止める。
「ちょっと様子を見よう。俺達が外に出て来るのを奴らが待ち構えてるかも知れん」
一人がカーテンの隙間から気付かれぬよう外の様子を伺った。
「おい......女の子が手首噛み切られて、大変な事になってるぞ。全身血塗れだ。本当に......『ヴァローナ』の囮なのか?」
外を覗いていたその者は、少女の壮絶な姿を目の当たりにした途端、臆病風に吹かれ始める。
「昨晩の事を忘れたのか?! 『ヴァローナ』に決まってる!」
一番年長に見えるその者は、まるで自分に言い聞かせるかのように叫んだ。すると、
「少女が歩き出しました! どうします?」
ザッ、ザッ、ザッ......見れば、まるで夢遊病者の如くトボトボと歩き出し始めたではないか。少女の向かった先......それは海だった。
「やっぱ誰も隠れてやしませんよ。あの少女は『ヴァローナ』の囮なんかじゃ無い。凄い血だ......このままじゃ出血多量で死んじゃいますよ!」
カーテンの隙間から少女の様子を観察していたその者は、思わず外へ飛び出しそうになる。
「ちょっと、待て!」
周りの村人は一斉にその者の行動を制した。




