第1話 回想
「ここは......どこ?」
ベーリング海の水平線から今昇ったばかりの朝日が呆然と立ち尽くすその少女を見事なまでに光り輝かせていた。
「眩しい......」
少女は細い腕で朝日を遮りながら、ゆっくりと辺りを見渡してみる。視線の先には雪に覆われた小さな家が寂しげに立ち並んでいるだけだった。
この景色......見た事ある。確か......ネクラ......そう、ネクラソフカ村だ。『オハ』の隣り村......だったはず。
なんで私、こんな所に居るんだろう......それに......なんで私こんな高価な服着てるの?
ネクラソフカ村の前に立つ毛皮を纏った少女。それは他でも無い。ソフィアだった。気付けば左右のポケットの中には大量の紙幣がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
数枚の紙幣はポケットから溢れ出し足元に散らばっていた。見たところ、最低でも100万ルーブル。(日本円にして約200万円)
なんでこんな大金......持ってるんだろう。確か......一旦眠りに就いてから間もなくニコライさんが私を起こしに来たはず。でも、何で起こしに来たんだか......
何か重要な事があったような......ええと......ええと......確か......
『ヴァローナ』? そう、『ヴァローナ』だ! 『ヴァローナ』が『オハ』の家に襲って来たんだ! それで突然銃声が聞こえて......
昨晩の惨劇が映像となりやがて頭の中に流れ始める。それは実に鮮明な映像だった。すると、
「おばさん!」
「おじさん!」
「ニコライさん!!!」
思わず叫び声を上げるソフィア。
自分に対して、実の妹のように接してくれていたニコライの身が途端に案じられてくる。
しかし......どんなに思い出そうとしても、その後の記憶は蘇ってこなかった。
なぜ『ヴァローナ』が襲って来たのに自分は生きているのか?
なぜ今自分は『ネクラソフカ村』の前に立っているのか?
なぜ触った事も無いような高価な毛皮を着ているのか?
なぜ見た事も無いような大金を持っているのか?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
分からない事ずくめだ。無理に思い出そうとすると、なぜだか急に頭が痛み出す。
いたたたた......ソフィアは思わず頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。
私は『ヴァローナ』に追われてる身......そうだ! こうしちゃいられない!
ここは『オハ』の町からほんの10数キロしか離れていない。きっと『ヴァローナ』はここへもやって来るに違いない。こんな所で悩んでる場合じゃ無い! 直ぐにでも逃げなければ!
でもどうしよう......
どこへ逃げたらいいんだろう......
勿論、『オハ』の街なんかには帰れない。
お母さん......
お父さん......
私どうしたらいい?
お父さんとはもう何年も会っていないし、どこに居るのかも分からない。
............
............
............
そうだ! お母さんの所へ行こう! 私が帰れる場所なんて、もうそこしか無い。私の生まれ育った土地へ帰ろう!
カムチャッカ......懐かしい......
目を瞑れば、走馬灯の如く故郷の景色が頭に浮かんでくる。
果てしなく広がる草原......
遠くに見えるカリムスキー山......
色鮮やかな高山植物......
そして、優しかったお母さん......
行こう......
行こう。
行こう!
お母さんの所へ!




