第4話 意気投合
エマはミハイルの後ろを歩きながらやたらと思考を巡らせていた。
『ヴァローナ』もよく分からないが......
もっと分からないのがこの男だ。どう考えても、只の通訳じゃ無い。
頭に銃口を突き付けた時点で勝負はついていた筈だ。別にわざわざ恨みを買ってまで
手の甲のタトゥーを突き刺す必要など全く無い。あの時のミハイルの顔は明らかに恨みが滲み出ていた。きっと何か『ヴァローナ』との間に因縁あるに違いない!
まぁ、鉄道に乗ってしまえば、後は800キロの長旅だ。夜行列車で着くのは明日の朝。話す時間はいくらでも有るだろう。焦っても仕方が無い。まずは遅れずに鉄道に乗ること。話はそれからだ......
時刻は夜の8時を回ろうとしていた。
「ヤバイ、急がないト......乗り遅れるゾ! だからあんな連中に構うなって言ったんダ......」
「お前が余計な事すっから、時間喰ったんだろう!」
「折角助けてやったノニ、そう言う事言うノカ?」
「別にお前の助けなんて必要無かったんだよ!」
「また、負け惜しみヲ......」
「だいたいな......」
「......!」
「......!」
定刻間近。サハリン鉄道ユジノサハリンスク駅に向かって走りながら、罵り合いを続ける二人。もしかしたら......この二人、気が合うのかも知れない。
肌の色も、話す言語も、宗教も、生活習慣も、考え方も、そして性別も。まるで違う二人ではあっが、どこか放つオーラが似ていた。
ミハイルなる男......こいつは、過去に何度も死地を潜り抜けて来た。それは、エマが直感的に感じていた事だ。
もしかしたら、物凄い強力な味方と成るやも知れない。またそれとは逆に、最悪の敵と成るやも知れない。
一体どっちなのか? それは、まだ分からない。少なくともさっき自分を守ろうとしていた事だけは事実だ。そう考えると、現時点で敵では無さそうだ。
油断は出来ないけど、暫くは共存の道を進むとしよう......それがエマの決断だった。やがて、
ポーッ、ポーッ、ポーッ!
汽笛の音が、駅構内に響き渡る。
「まずい! 発車するぞ!」
「走レー!」
エマの手を取り、列車に飛び乗るミハイル。そして、エマの身体をお姫様抱っこし列車に導き入れる。
「お前、セクハラだぞっ!」
顔を真っ赤にして怒るエマ。
「I can not speak Japanese.」
「AHOKA?!」
「「ハッ、ハッ、ハッ」」
正直、エマの力を持ってすれば、あの時ミハイルの助けなど無くても簡単に窮地を乗り切れていただろう。とは言え、自分の命を守る為、ミハイルが行動を起こしてくれた事に関しては感謝の念が絶えない。
この二人、まだ出合って1時間足らず。でもやはり、気が合っていた。あくまでも現時点での話ではあるが......
............
............
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エマはまだ気付いていなかった。この男、さっきからずっと手袋を外さないでいることを......列車に乗ってから既に1時間が経過した今もそれに変わりなかった。
まさか何か、手に見られたく無い秘密でも隠しているのだろうか......
ガタン、ゴトン......
ガタン、ゴトン......
列車は、闇夜を北へ北へと突き進んでいく。やがて、明日の朝には目的地『オハ』の街に到着している事だろう。
エマが今、救い出そうとしている少女、その名は『MARA』。呪われた少女マーラだった......