第5話 普通の女
気付けば女は首に巻いていたスカーフを外し、銃弾を受けた自分の左腕に巻いている。その女の容姿と言えば、黒い長髪に、横に吊り上がった黒縁メガネ。年は25才位だろうか......やはり東洋人に他ならなかった。
「どうして、私を助けたんだ?」
ディアナは究明を始めた。
「あたしはただの通りすがり。左腕から血を流して追い掛けられてたから、ちょっと寄り道しただけ。大した意味は無いわ」
クールな顔してサラリと言ってのける。
「ただの通りすがり? そりゃ無いだろう」
ただの通りすがりが見ず知らずの者の為に5階建ての屋上から一緒にダイブするか? 確かにそれは信じがたい事だった。
女はディアナの手に刻まれたカラスの紋章を見詰めながら再び口を開く。
「『ヴァローナ』たる人が、丸腰で裏路地を歩くなんて......ちょっと油断し過ぎじゃない? しかも酒臭いしさ」
女はスカーフを縛りながら思った事をそのまま伝えた。
なんと! この『MAD″ディアナ』様にこの女は説教垂れてやがる。でも、この女の言っている事は決して間違っちゃいない。油断していたのは事実だ。
それにしても......説教されたのなんて何年振りだ? もしかしたら、『MAD″ディアナ』って呼ばれるようになってから初めてかも知れない......何なんだ、この不思議な気持ちは? ドキドキして来たぞ。
「確かに言う通りだ。今後は気を付けるとしよう。ところで......あんた一体何者なんだ? まさか普通の一般人とか言わないでくれよ」
スカーフで巻かれた左腕を見詰めながら、ディアナは遠慮がちに問い掛ける。
「だから一般人だって言ってるでしょ。天下の『MAD″ディアナ』様が何度も同じ事聞かない方がいいわよ」
なんと! この女は自分がディアナである事を知ってて助けたって事なのか?! しかも、さっきから話をしている中で一切、怖じけた様子を見せないのはなぜなんだ?
全てがベールに包まれた謎の東洋人女に、いつの間にか惹きつけられていくディアナだった。
「あんた名前は?」
「私はミーオ(美~緒)、日本人よ。日本に飽きてこっちにやって来たんだけど、特にやる事も無くて毎日プラプラしてるだけ。毎日暇でしょうが無いわ。ところで......私の事なんかより、あなた自分の心配した方がいいんじゃないかしら?」
気付けば、ミーオは背後に向かって指を指している。
ん? なに? 言われて背後を振り返ってみると、なんと!
1台の黒塗りワゴン車が猛スピードでこのゴミ収集車に迫り来ているではないか! それが、『反ヴァローナ同盟』の車である事は間違い無い。
「しつこい奴らめ......」
ディアナは思わず顔をしかめ、即座に臨戦態勢へと移行。すると、
「よし、飛び降りるぞ。はい、3、2、1......」
またしても......それか!
「ダイブだ! それー!」
ゴミ収集車とは言え、時速40キロは優に超えていた。ヒュルルルル......バシッ!
二人は何とか二本の足で着地を成し遂げるも、その後は慣性の法則に従いグルグルと転げ周るしか無かった。
「目が回る!」
「フッ、楽しいわ」
身体中を地面に打ち付けながら見事に転がり回る二人の女性。一体何が起こっているのかと通行人は皆、目を丸くしている。
「あいたたた......」
「さあ、逃げるわよ」
ディアナが身体をさすっているうちにも、女は既に立ち上がり次なる道を決めていた。




