第14話 1ドル紙幣
「「了解!」」
圭一とポールが、小躍りしながらウォールの元へと第一歩を踏み出した正にその時......
「バカにするなよ! わしは世界の頂点に立つ最高指導者ウォールだ! お前ら下僕共の手など借りんわ!」
それはまるで、スローモーション映像を見ているかのようだった。ウォールは、下ろしていた銃口を再び上へと向ける。目は大きく見開き、その目は遠く夜空を見上げていた。
もしかしたら彼は果てしなき夜空の更に向こう側......未知なる別世界への旅支度を始めていたのかも知れない。
やがて上に向けられた銃口は、まるで引き付けられるかのように自身のこめ髪へと当てられる。それはウォールがウォールで無くなる時が間近に迫っている事を、まるで皆に宣言しているかのようだった。
そして、ウォールはゆっくりと目を閉じる。きっと瞼の裏側では、優しい笑顔で手を差し伸べる秋葉秀樹の姿が浮かび上がっていたのかも知れない。
バーンッ!
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そんな銃声は、極東ロシアを恐怖に陥れた乱世の奸雄が、今、正に別世界へと旅立って行った瞬間だった。
良くも悪くも、極東ロシアにおける一つの時代がここで幕を閉じた事になる。暗雲が立ち込め続けていた極東ロシアの空に、漸く日の光を呼び戻した立役者。それはエマに他ならなかった。
しかし、その者の表情には、どことなく悲しげな様子が伺える。
この世に悪は栄えない......よくそんな言葉を耳にするけど、一つの悪が滅びれば、また別のどこかで必ず悪は産声を上げる。そしてまた、そんな悪を滅ぼす為にまた別の善なる者が出現する。
面白くも無いそんな連鎖は、過去も今も、そしてこれからも、途切れる事なく、繰り返されていくんだろうな......もし悪が出現しない時代でもやって来れば、また別の話かも知れないけど。
互いにいがみ合っているかのように見える悪人も善人も、もしかしたら互いを必要とし、求め合ってるんじゃ無いのだろうか......
やがてエマは、こと切れたウォールの前に膝を付き、今もなお見開き続ける2つの瞳を優しく閉じた。
それまでエマに憑依していた阿修羅王は、いつの間にその姿をくらませ、今その者の表情には、聖母マリアが浮かび上がっている。
「きっとお前が『親友』と認めた秋葉秀樹は、これ以上大事な『親友』に、罪を犯させたく無かったんだろうよ......今度生まれ変わったなら、『親友』と共にこれまで犯した罪を、全て帳消しにするだけの善行に励めよ。さすれば神は、必ずお前達をお許しになるだろう」
エマは黙祷し合掌する。壮絶なる最期を遂げたウォールの手には、今もなお、たった1枚の1ドル紙幣がしっかりと握られていた。
きっと今頃、別世界でそんな紙幣を秋葉秀樹に見せながら文句の一言でも言っているに違いない。
お前はケチな奴だな......
それで精一杯だったんだよ......
嘘つけ!
ほんとだ!
ハッ、ハッ、ハッ......
ハッ、ハッ、ハッ......
まるでそんな2人の笑い声が聞こえて来るかの程に、死したウォールの表情は穏やかだった。
やがてポールは、ウォールの手から徐に1ドル紙幣を取り上げた。正直、
その行動に意味があった訳では無い。
もちろん、1ドルが欲しかった訳でも無い。ただ何となく......1ドル紙幣である事がちょっとだけ不思議に思えただけだった。
ウォールはロシア人......ならばルーブル。秋葉秀樹は日本人......ならば円。でも、出て来たのは......1ドル紙幣。言われてみれば、確かに不自然だ。
ポールは自然の流れでそんな紙幣の品定めを始める。因みにポールは、人生の多くを母国アメリカで過ごして来た。アメリカと言えば、言うまでも無く、通過はドル。1ドル紙幣などは、特に見慣れたものだ。であるが故に......
「エマサン!......この1ドル紙幣......ただの1ドル紙幣じゃ有りませんヨ! 透かしの模様が全然違いマス!」
そんな事が、簡単に分かってしまうのであった。すると、すかさず美緒が、
「何ですって? ちょっと見せて!」
素早い反応だ。徹夜仕事でも、しっかり頭は回転しているらしい。
気付けば......いつの間に空は明るみを見せていた。時刻は間もなく朝の5時を迎えようとしている。
僅かに顔を見せ始めた朝日......美緒はタイミング良しと、そんな朝日に1ドル紙幣をかざしてみた。




