第30話 墓場
「危機一髪だったぜ。美緒さん、大丈夫か?!」
「あたしは何とか......それよりポール君は?」
「何トカ......生きてマス。ソフィアサンもすぐ横に居たと思うんデスガ......」
「いたたたた......ああ、わたし生きてるんですね......」
『氷の方舟』が乗り上げた氷河......そこには、辛うじて爆発前に逃避を成し遂げた運よき者達が810名。漸く現れた救護隊達の手に寄って、懸命の救護が繰り広げられていた。
水平線から僅かながらに顔を出し始めた太陽は、極夜におけるこの地に今やっと遅い朝が訪れた事を知らせている。そんな淡い朝日が照り始める中......
「た、助けてくれ......」
全身の半分を焼かれた若者が決死の声を上げれば、
「まだこっちは息があるぞ!」
返り血で全身を朱で染めた救護隊員が足を氷に捕らわれながらも、必死に駆け付けていく。
「目が見えない......あたしどうしちゃったの?」
顔の半分を潰された老婆が救護隊員の足にすがり付けば、それを見ていた別の救護隊員が......
「そいつはもうダメだ。助かりそうな奴から優先的に救護していけ!」
「分かりました」
直ぐ様、老婆を足で振り払うと、バタッ......その者は顔から大量の血を吹き出し、2度と起き上がる事は無かった。
氷河に降り立った時点ではまだ生を長らえていても、時間と共に別世界へ旅立って行く者が後を絶たなかったのである。
そんな者達の背後では、『氷の方舟』なおも激しく燃え盛り大量の黒煙を立ち上げ続けている。
船体は見るも無残、完膚なきまでの倒壊を見せ、これが本当に船だったのか? と、思わず目を疑ってしまうような壮絶なる光景がそこには広がっていた。恐らくこの倒壊した船体の底には、まだ数多の人が生き埋めになっているのだろう。
先程から、断続的に小さな爆発が起こり続けているこの状況。またいつ新たな大爆発が巻き起こるか分かったものでは無い。
訪れた救護隊も、誰一人としてそんな『氷の方舟』に目を向ける者は居なかった。
『救える者から救え』まずはその事が、救護隊達に徹底されていたのだろう。未だ船体の中で、生きたまま焼かれるのを待っている者達からしてみれば、実に残酷な話ではあるのだが......
「ところで、エマさんはどこに居るんだ?!」
突然、我に帰る圭一。その顔は正に顔面蒼白。ヴィクトルウェポンを倒した時以降、誰1人としてエマの姿を見た者は居なかった。
「私はずっと気を失ってたから......」
美緒は思わず目を伏せる。
まさかエマさんに限って......そうは思っていても、もしあの後ウォールを追い掛けて行ったのであれば、タイミング的に脱出する事は不可能なはず。
美緒はその者の生命力を信じていながらも、既に最悪の事態を覚悟せざるを得なかった。
後ろを振り返ってみれば、なおも瓦礫の山が激しく燃え盛っている。誰が見ても、それはもはや『船』では無く『墓場』そのもの。無理にそこへ足を運び込む事は、死の世界へ自ら入り込んで行くのと何ら変わらない。残念ながら、それが現実だ。
「エマサンッ!」
悲壮感に満ちた表情を浮かべ、突然立ち上がるポール。そして瞬きも終らぬ間にも、駆け出していた。向かった先は他でも無い。そんな『墓場』だ。




