第27話 最終兵器
やがてエマは、
「ウォール......あたしの負けだ。言う通りにするよ」
視線を下に向け、諦め切った表情で、そんな言葉を投げ掛けてみせる。もはや、白旗を上げたのと同然だ。
それが本心なのか?
策略なのか?
答えは言うまでも無かった。
荒れ狂う激しき風......それは、乱気流の如く海面から直上へと尽き上がっていた。
船の燃料と言えば、軽油......軽油の蒸気比重は、空気1に対して4.5。本来であれば、地上20階以上にも当たるこの場所へ蒸気が辿り着く事など有り得ない。
しかし、臭った。とにかく臭った! だが、こいつはこの臭いに気付いていない!
嗅覚を失ったって言うのは本当だったみたいだな......よし、作戦変更だ。
【15秒】
「ほほう?......それはこのウォールに従うと言う事なのかな? フッ、フッ、フッ......」
明らかに意外? そんな表情を浮かべながら、不敵に笑うウォール。
用心深きこの男......そんなエマの『白旗』だけで、警戒心を解く訳も無かった。一向に銃を下ろす気配など見せない。
ならば、これでもかと言わんばかりに、バサッ。エマは両膝を地に付け、左右の手を頭の後ろで組んで見せる。
それは正に服従のポーズ。犬が腹を見せているのと、何ら変わりは無かった。
「おう......潔いじゃないか」
ウォールはそんな誉め言葉とは裏腹に、チッ! 軽く舌打ちすると、ゆっくりと周囲に視線を回した。
『罠』......きっと頭の中には、そんな言葉が居すわり続け、離れる事を許さないのだろう。しかし、周囲には誰も居なかった。もちろん隠れている者など、居やしない。
ウォールは、ガサッ、ガサッ、ガサッ......慎重に歩を進めていく。
【大爆発まで......残り10秒!】
エマの目の前に映るその者の姿は、言うまでも無くソフィア。しかし、浮かべる卑しき笑み、ふてぶてしき態度、並べる言動、全てにおいて、清楚なる少女ソフィアとは程遠い。正に悪魔の代名詞、ウォールそのものだったと言えよう。
【大爆発まで......残り7 秒!】
ウォールはなおも警戒を解く事無く、ザッ、ザッ、ザッ......オーロラの光を背に浴びながら、ひざまずくエマの元へとゆっくり近付いていく。その距離、5m、4m、3m......
一方、充満する燃料の臭気は、いよいよその濃度を増していた。もしこんな状態で火が立ち上がろうものなら、エンジンが大爆発を起こすまでも無く、全ての空間が炎で埋め尽くされる事だろう。
神よ、あなたは、酷い事を申される......
人間が生み出した『悪魔』なのだから、人間の命を持って成敗せよ......
そう申されるのですね。分かりました。命とあらば、致し方有りません?仰せの通りに致しましょう......
そしてエマは、カチッ。ウォールに気付かれぬよう、右手の中で温めていたその物の蓋を開く。それはなんと......レザースーツのポケットに入っていたディアナのジッポだった。
そんなジッポは、完全に乾き切っている。導火線にオイルは、たっぷりと染み込んでいる。防水仕様たるスーツは、北極海の海水からそんな火炎放射機を最後まで守り通してくれたらしい。ディアナには、助けられっ放しだ。
もしかしたら......エマに取って、ここから始まる3秒間は人生の中で最も長い3秒間になるのかも知れなかった。




