第24話 執念
「私は許さない......絶対に許さない! ヴィクトルさんをこんな目に遭わせたマーラを!」
バシッ! バシッ!
ソフィアは怒りに任せ、自身の顔を何度も何度も殴り飛ばした。頬は腫れ上がり、唇は切れて血が滲み出ている。
ソフィアは、もう子供じゃ無い......マーラがどんな気持ちでヴィクトルの胸を刺したか? それを知らぬ訳でも無い。ただこの怒りを、どこにぶつけていいのか分からなかった......ただ、それだけだ。
「ソフィア......マーラさんは君に負けず劣らず、優しい子だよ。僕の左手を真っ先に切り落としたのも、左手を失った君を思い出させる為だった。あの時のマーラさんの目は、私を思い出して! 必死に僕にそう語り掛けていた......
でも僕は、君を思い出さなかった。だから悪いのは僕なんだ。マーラさんじゃない。君はマーラさんを絶対に恨んじゃいけない。なぜなら、マーラさんは君自身なのだから......」
やがてヴィクトルは、愛するソフィアに看取られながら別世界へと旅立って行った。人間として生まれ、人間としてその生涯を終えられた事は、せめてもの救いだったのかも知れない。
そしてその後、ソフィアの目から流れ落ちる涙が枯れる事は無かった。
「ウォール......俺は絶対にお前を許さんぞ!」
「地の果てまでモ、追い掛けてってヤル!」
「あたし達もまだ死ぬ訳にはいかない。ウォールを殺すまでは!」
ヴィクトルの最期を見届け、更なる決意に燃える3人だった。
そして......
なんと......
そこに......
エマの姿は無かった。一体、どこへ行ったと言うのだろう?
※ ※ ※
絶対に逃がすものか!
カツカツカツ......エマはウォールの後を追い、必死に螺旋階段を上り詰めていた。
本来ならば、階段を上る事など絶対に出来ないはず......しかしエマは、1歩1歩確実にステップを踏み続けていた。もはやそれは、意地、執念、怒り、悲しみ......あらゆる感情が、エマの身体を突き動かしていたと言っても過言では無かろう。
バタバタバタ......頭上から響き轟いて来る羽ばたき音は、ウォールが用意していたヘリの音に他ならない。
もはやこの場に及んで、自分が助かろうなどとは思っていなかった。ただウォールだけは、生かしてここから逃す訳にはいかない! ただそれだけだった。
いっその事、早く爆発しちまってくれ!
ヘリが飛び立つ前に、ぶっ飛んでくれ! すでにそんな事すら祈ってしまうエマ。それだけ切羽詰まっていたと言う事だ。
螺旋階段を上り詰めていくにつれ、徐々にエマの前髪が揺れ始める。それは、屋上に近付いている事の証だった。
まだ飛び立つな!
まだ飛び立つな!
そんな執念が、傷付いた自身の身体を更に奮い立たせていく。
ここでもう1度だけ言っておこう......エマはウォールに鋭い刃物で背中を突き刺されているのだ。その証拠に、エマの背中からは今もなお、大量の血が流れ続けている。
ただ幸いにも、心臓までは刃が届いていなかった。それはディアナから託された厚さ1センチのレザースーツのお陰だ。
傷付いたディアナの為にも、こいつだけは絶対に生かしちゃおけない!
タッ、タッ、タッ......気付けばエマは階段を猛スピードで走り上がっていた。今やエマの身体には、圭一、ポール、美緒、そしてディアナ、更にはマーラ、既に旅立ったヴィクトルの心までが宿っていた。
いや、それだけでは無い。これまでウォールに苦しめられて来た極東ロシアの民全ての魂が今、エマの心と身体を後押ししていたに違いない。
そして、エマの身体を取り巻く真っ赤なオーラは、決して色褪せる事は無かったのである。




