第4話 豚肉
時刻は夜の10時。
こんな寂れた街の『BAR』とは言え、それなりに客は集まって来ている。数えれば10人程度は居るだろう。なぜか流れるBGMはオールディーズ。ロシアっぽくない。まるで西部劇に出て来るようなアメリカ南部を彷彿させる雰囲気が漂っている。きっと店主の趣味なのだろう。
そんなサハリン片田舎の『BAR』ではあったが、日本では到底目にする事が出来ないあるものが、カウンターの内側に複数ぶら下がっていた。
それは料理に使うであろう皮が剥がされた家畜の肉だった。見るからにグロテスク。これを見て食欲が唆られる人間など居るのだろうか? 客の目につく所にぶら下げておく意味が分からない。もしかしたら、元々はこの『BAR』も肉屋だったのかも知れない。
やがてエマはそんな肉には目もくれず、カウンターの上に置かれたミサンガをほどき始めた。一体何をしようとしているのだろうか?
「おい、これ手首に付けてみろ」
突然エマが口を開く。
「なんデ?」
「いいから手を出せ」
そのように語ると、エマはその緑のミサンガをアレクの手首に巻き付けた。
「ソレデどうしろッテ言うんダ?」
アレクにはエマが何をしようとしているのか全く分からない。
「そこのぶら下がってる肉の中に、思いっきり手を突っ込んでみろ」
「えっ、なんだッテ?」
アレクは突拍子も無いエマの指示に、ただ口をポカンと開けているだけだった。
「ブッチャーの地獄突きだ。早くやれ」
ブッチャー......?
誰だそりゃ?
まあいい......とにかくそこのぶら下がってる豚肉に手を突っ込めばいいんだろう! 簡単な事だ。
「ハイ、ハイ......やればイイんでしょう。やりますよ......せーのーホイッ!」
ブスッ!
途端に沈黙が辺りを包み込む。
............
............
............
「で......この後どうしたらいいんダ? みんな見てるケド......」
周りからしてみれば、その行動は正に気狂い。皆、ウォッカのグラスを置き、異様な眼差しでアレクを見詰めている。
「早く抜けよ。いつまで突っ込んでるんだ」
よくもそんなにあっけらかんと言えるもんだ! まるで俺がバカみたいじゃんか!
「ハイ、抜きますヨー......ホレッ!」
プシュ。豚肉から手を引っこ抜いたアレクの手は、豚の血で真っ赤に染まっていた。更に......きれいだったミサンガも血に染まっている。
「......」
エマが突き刺すような視線で見詰めているもの......それは、血で染まったアレクの手では無く、アレクの手に未だしっかりと結び付けられたままのミサンガだった。
「......」
なおも無言で食い入るようにそれらを見詰めるエマ。この気狂いじみた行動の中に、一体何を見出したと言うのだろうか? アレクはその意味を早く知りたかった。きっと何か大きな意味が有ったに違い無い!
アレクの胸が期待で高鳴る中、エマは沈黙を打ち破るべくゆっくりと顔を上げた。
一体、何を言い出すんだ?!
ドクン、ドクン......アレクの高鳴る心臓の音だけが、静まり返った空間に響き渡る。そしてエマは満を持して口を開く。その言葉は!
「早くミサンガ洗ってこいよ。血が付いてるじゃんか。落ちなくなるぞ」
だった。
「ナ、ナ、ナ、ナント?! 言うことハ......それだけカ?」
「ああ......ブッチャーか。昔、日本で流行った悪役プロレスラーの名だ。そのブッチャーがどうした?」
エマの顔は??? やはり根っからの『S』なのかも知れない。




