第3話 運命の悪戯
突然エマの目に光が宿ると、何やらポケットの中を弄り始めた。
「あった。これだ!」
そう叫びながらエマの手に握られていたものと言えば......緑色のミサンガだった。
惨劇が起こったあの大邸宅。刑事がリビングに戻り抜け出そうとした時、廊下に落ちていた何気ないそれをエマは手に取っていた。
「◎?〃$★△♀!(そ、それは?!)」
ソフィアのミサンガに気付いたニコライが、思わず感嘆の声を上げたその時だった。
コン、コン。突如、扉をノックする音が!
「誰か居るのか? 開けるぞ」
そんな言葉が掛かるや否や、
ギー。間髪入れず扉はいきなり開け放たれた。
!!!
慌ててふためき、ニコライが振り返ってみると、開かれた窓から入り込む微風にレースの白いカーテンがただ揺れているだけ......既に女の姿はどこにも見えなかったのである。
「誰も居ないけど......どうかしたのですか?」
「ちょっと声がしたみたいだっから......まぁいい。早く寝ないと傷が治らないぞ。早く寝ろ」
「分かりました......お休みなさい」
ギー、パタン。
それまでの慌しさがまるで嘘のように静まり返る個室内。嵐のように現れ、嵐のように消えて行った日本人女性の顔が今更のように思い出される。
秀樹さんに頼まれたって言ってたけど......もしかしたら探偵なのかな? まぁ、よくは分からないけど......秀樹さん、本当に死んじゃったんですか?
ソフィアは、いや、マーラは......あなたから毎年届く誕生日プレゼントをいつも楽しみにしてたんですよ。辛い環境の中でいつもお父さん、お父さんってその名を呼んでました。それなのに死んでしまうなんて......でも安心して下さい。今、秀樹さんが寄こしてくれた女性が、マーラの元へ向かって行きました。きっと、救い出してくれる事でしょう。それと......僕もこの傷が癒えたら、直ぐにマーラの元へ向かいます。マーラは僕が絶対に幸せにします。ですから......ご安心を。
グサッ!
バサッ!
「うっ......」
気付けば......一瞬にしてニコライはその短い天命を終えていた。即死だ。せめてもの救いは......今ニコライを鋭い刃物で突き刺した『ヴァローナ』の刺客よりも、エマが一歩先にここへ訪れた事であろう。
刺客はニコライが動かなくなった事を確認すると、直ぐ様、窓から外へと飛び出しローブを伝って姿をくらませていった。それは正に紙一重の出来事と言っても良かった。
勿論エマは屋上から吊り下げたローブを、その場に残して帰るようなお粗末な事はしない。ロープは『ヴァローナ』が新たに用意したものに違い無かった。
もしエマがあと1分ここを去るのが遅かったら......
もし『ヴァローナ』が
あと1分ここに来るのが早かったら......
未来有る1人の青年が、こんなにも早く天命を終える事も無かったであろうに。『神』とは時に残酷な仕打ちを強要する。受け入れ難い事ではあるが......
※ ※ ※
深い雪に覆われ尽くしたサハリン最北の街『オハ』。この街に唯一存在する『BAR』の窓からは、オレンジ色の暖かい光が煌々と漏れ出している。
「......」
「......」
そんな『BAR』のカウンターで、エマとアレクの二人が無言で見詰めて物は、緑色したミサンガだった。それがソフィアのもので有る事は、最早疑う余地が無い。
「やっぱおかしい......」
カクテルを口に含みながらエマがポツリと呟く。
「おかしいって......なにガ?」
マルボロを灰皿に押し潰しながらアレクは顔を上げた。
「あれだけ汚れた地下室に押し込められてた筈なのに、このミサンガは実に綺麗だ。殆ど汚れて無いだろう。ニコライ少年から貰ったソフィアの写真の日付は、ちょうど1年前。この写真のソフィアの左手首にも、このミサンガがしっかりと巻き付けられている。多分ソフィアにとってこのミサンガは、かなり大事なものだったに違い無い」
エマの目は光り輝いて見える。集中している証だ。
「多分大事にしてたんダロウ......ソレノどこがおかしいんダ?」




