第10話 拾い物
「それと、そのアルミの皿......育ち盛りの少女の夕食にしては、ちょっと小さいよな。こっそり後でバナナ持ってってあげよう......もしかしたら父親は、そんな風に思ってたのかも知れないぞ」
「尻のポケットで潰れてたバナナのことカ? だとシタラ、父親はソフィアの味方ダッタって事カ......」
「あくまでも想定の話だ。別に根拠のある話じゃない」
「......」
アレクが無言でエマの推理力にいよいよ脅威を感じ始めた正にその時だった。
キー、パタン。突如、上階で扉を開ける音が響き渡る。
「しっ、黙れアレク。刑事が戻って来たみたいだ」
途端に空気が凍り付く。エマは素早く鉄格子に掛けていた照明の火を落とし、スタスタスタと階段を上り詰めていった。一瞬呆気に囚われていたアレクも、直ぐに状況を理解しエマの後に続いた。
扉の前で息を殺す二人。激しく鼓動する心臓の音だけが不気味に響き渡る。どうやら、刑事はリビングに戻って来ているみたいだ。
「おい、何やってルンダ? 刑事はまだリビングに居る。こんな所でモタモタしてないで、早く裏口から外に出ちマオウ」
「いや、ちょっと待て......今、裏口から外に出れるって言ったな。なんでだ?」
「なんでだって?......ソンナノ当たり前ダロウ。リビングは裏口とは逆方向だ。今更何言ってル?!」
刑事が廊下に出て来てしまったら、逃げ道は失われてしまう。何としても、その前に裏口へ到達しなければならなかった。そんな事を知らないエマでも無かった。
しかし、地下室へ通じる扉の手前からなぜか一向に動こうとはしない。見れば、エマの顔は紅潮している。そして、ゆっくりと口を開いた。
「今あたし達が、裏口から逃げれる......そう思ったのは、ここに居るのがあたしとお前だからじゃ無いのか? もし......今ここに居るあたしが少女ソフィアで、おまえが少年ニコライだとしたら......
そんでリビングに居るのが刑事じゃ無くて、残虐殺人者『ヴァローナ』だとしたら......きっと身体が固まって、ここから動けなくなってるんじゃないだろうか?」
エマは事件の確信を突いていた。徐々に昨晩の惨劇が、エマの頭の中で鮮明な映像となって映し出されてくる。
ただ......まだ全く見えて来ない大きな謎が残されていた。それは、バラバラになった3人の死体だ。ここに住み慣れたソフィアとニコライの2人は、裏口から逃げれる事を知らぬ筈も無いのに恐怖で行動に出る事が出来なかった。そんな2人が凶悪な『ヴァローナ』を3人も始末する事など出来る訳がない。
では一体誰が? もしかしたら、まだ見えていない第三者の介入があったのか? 現時点では到底そこまで推し量る事は出来なかった。
やがて二人は静かに扉を開けると、廊下へと躍り出る。そして刑事の屯すリビングに背を向けて抜き足、差し足、忍び足......撤退を開始した。
すると......おや、あれは何だ? エマは床に落ちていた何かを拾い上げる。そして再び、抜き足、差し足、忍び足......やがて、キー、パタン。裏口から見事脱出を成し遂げる名探偵の二人だった。
その時......エマは知るよしも無かった。何気に拾い上げた『落ちていたもの』が、全ての謎を解く重要なカギとなることを......




