第9話 地下室
「マッタク......飛んでもない所に連れて来てクレタナ......ゴルフボール君」
アレクは暗がりの中、ライターの火を点しながら呆れた表情で呟く。二人が『お導き』に寄って、遂に辿り着いてしまった『飛んでもない所』......それは、地下室だった。見れば、足元に血塗れとなった生首が3個無造作に転がっている。
「一つ謎が解けたな......外の警官が言った通り、ここで死んだ『ヴァローナ』の数は3人だ」
エマは紫色に変色したそんな生首に、忌々しい視線を向けながら語った。
「ソレハそうと、鉄格子か......鍵は開いてたみたいダケド、ここは一体何ナンダ?」
エマはそんな会話を交わしながらも、背負っていたリュックからLEDライトを取り出し、鉄格子に引っ掛ける。すると、視界が一気に広がりを見せた。
「おっと......もう一つおまけに謎が解けたぞ。これ見てみろ」
そう語りながらエマが手に持っていたもの......それはアルミの皿とフォークだった。
「コレが隠されたもう一つの食器ッテ訳カ......デモまたナンデ......」
アレクの顔が途端に曇りを見せる。
「父親と母親が、ここに監禁されていた可能性はほぼゼロに近い。そうなると、あと残りはソフィアかニコライって事になる訳だけど......」
エマがそんな疑問符を投げると、
「ソフィアだ。間違いナイ」
そのように語ったアレクは胸に何かを抱き抱えていた。
「それは?」
「枕元に落ちテタ。男がこんなモン大事に枕元に置いとくカ?」
見ればそれはクマのぬいぐるみ。あちこちが痛み、たいそう汚れていた。
「確かに.......理由はともあれ、ここで監禁されてたのはソフィアで間違いなさそうだな」
「デモ昨晩、ソフィアがココニ絶対居たって言い切れるノカ? 確かにココは寂れた街ダカラ、夜一人で外に出るのは危険ダ。更に昨晩は猛吹雪ダッタしな。デモ生首は鉄格子の内側マデ転がってキテル。ツマリそれは、鉄格子が昨晩開いてたッテ事になるじゃナイカ。そこはどうナンダ?」
鋭い指摘にちょっと『ドヤ顔』のアレク。少しは盛り返しているつもりのようだ。
「いや、間違いなくソフィアは昨晩ここに居た。それだけは絶対に間違い無い」
そんなアレクに対し、完璧に言い切るエマだった。
「そのこころハ?」
「そこに落ちてるアルミの食器だ」
「食器ダト......」
アレクはまるでエマに操られているかのように、そのアルミ食器を手に取ってみた。上から見たり、下から見たり、はたまた左右に振ってみたり......どこをどう見たって、何の変哲も無いただのアルミ食器だ。
「コレのどこが、昨晩ソフィアがここに居たって証拠にナルンダ? もう訳が分からん! いい加減にシテクレ!」
なぜかいきなり怒り出すアレク。そんなアレクに対し、エマは至って冷静に、
「見るんじゃ無い。臭いを嗅いでみろ」
さらりと言って退けた。
「ん、何だって? 臭いダト......」
クンクンクン......全身の神経を鼻に集中させるアレク。すると、
「こっ、これは......」
「昨日の夕食は何だったっけ? キッチンの鍋にリゾットが残ってただろ。そのアルミ食器、リゾットの臭いしないか?」
正にエマの言う通りだった。俺はこの地下室に来て、必死に観察しようとばかりしていた。しかしこの人は食器の匂臭いまで嗅いでいて、しかも瞬時にその臭いをキッチンの残飯と結び付けていた。
ダメだ......この人には勝てない。レベルが違い過ぎる。もう戦いを挑むの止めよう。自分が惨めになるだけだ......遂に白旗を上げるアレクだった。




